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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
作品ID56211
副題092 金の茶釜
092 きんのちゃがま
著者野村 胡堂
文字遣い新字新仮名
底本 「銭形平次捕物控(九)不死の霊薬」 嶋中文庫、嶋中書店
2005(平成17)年1月20日
初出「銭形平次捕物百話 第八巻」中央公論社、1939(昭和14)年6月28日
入力者山口瑠美
校正者noriko saito
公開 / 更新2016-04-18 / 2019-11-23
長さの目安約 26 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「親分、金の茶釜を拝んだことがありますかい」
 ガラッ八の八五郎は、変なことを持込んで来ました。
「知らないよ、金の茶釜や錦の小袖はフンダンにあるから、拝むものとは思わなかったよ」
 銭形平次は無関心な態度で、よく澄んだ秋空を眺めておりました。見立て三十六歌仙の在五中将が借金の言い訳を考えているといった姿態です。
「へエ――、あの品川の流行ものを、親分は知らないんで」
「金の茶釜がどうしたんだ?」
「品川の漁師町の藤六が、――親孝行で御褒美まで頂いた評判の男ですがネ、その藤六が、品川沖で網を打つと、金の茶釜が引っ掛ったんだそうで。早速金主が付いて、八つ山下へ親孝行の見世物が出る騒ぎでさ」
「そいつは変っているな、いつの事だい」
「釜を見付けたのは十日ばかり前、小屋をかけたのは昨日で」
「恐ろしく気が早いじゃないか」
「そんなのを見ておかなきゃ話の種にならないから、昨日昼過ぎから品川まで行って来ましたよ」
「達者な野郎だ」
「その代り、親孝行の金の茶釜の走りを見て来ましたぜ」
「南瓜じゃあるまいし、金の茶釜に走りてえやつがあるかい」
 が、こんな無駄を言っても、平次にとっては、ガラッ八の骨惜しみをしないのが有難かったのです。
「変なものですぜ、親分、――ちょいと行ってみちゃどうです」
「御免を蒙ろうよ。そいつは唐土の二十四孝の真似事さ、香具師の細工物に決っているじゃないか、『郭巨の釜掘り』てのはお前も聞いたことがあるだろう。そのうちに、『両頭の蛇』が出て来るよ」
「へエッ、そんなもんですかねえ。擬い物と解っているなら、踏込んで挙げちまおうじゃありませんか、諸人を惑わして、銭を取るのは太え野郎だ――」
「擬い物でも何でも、親孝行の見世物へ踏込んじゃ悪い。抛っておくがいい」
「そうですかねえ」
「親孝行は真似てもしろって言うじゃないか。八なんかも、金の茶釜を見ての戻り、叔母さんへ煎餅の一と袋も買って来る気になったろう」
「まアそう言ったようなもので」
「だから抛っておくがいい」
 平次は相手にもしません。
 しかしこの話があって三日目、ガラッ八はまた新しい情報を持込んで来たのでした。
「親分、おかしい事になりましたよ」
「何がおかしいんだ、そんなところに突っ立っていちゃ邪魔だよ」
 平次は縁側の柱に凭れたまま、天文を案ずる形になっていたのです。
「呆れるぜ、親分。銭形の平次親分ともあろうものが、雲を眺めて、この結構な秋の日を暮らすなんて――」
「抛っておいてくれ、岡っ引が雲を眺めていられるのは御時世のお蔭さ。ところで、どこに一体おかしな事があったんだ」
「品川ですよ、親分」
「金の茶釜の見世物だろう」
「その通りで」
「金の茶釜の正体が張子に金箔を置いたのとでも判ったのかい」
「そんなつまらねえ話じゃありません」
「金の茶釜を盗むあわて者があったんだろう、家…

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