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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ |
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作品ID | 56213 |
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副題 | 049 招く骸骨 049 まねくがいこつ |
著者 | 野村 胡堂 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「銭形平次捕物控(二)八人芸の女」 嶋中文庫、嶋中書店 2004(平成16)年6月20日 |
初出 | 「オール讀物」文藝春秋社、1936(昭和11)年3月号 |
入力者 | 山口瑠美 |
校正者 | 結城宏 |
公開 / 更新 | 2017-08-28 / 2019-11-23 |
長さの目安 | 約 31 ページ(500字/頁で計算) |
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一
「親分、笑っちゃいけませんよ」
「嫌な野郎だな、俺の面を見てニヤニヤしながら、いきなり笑っちゃいけねえ――とはどういうわけだ」
銭形平次とガラッ八の八五郎は、しばらく御用の合間を、こう暢気な心持で、間抜けな掛合噺のような事を言っているのが、何よりの骨休めだったのです。
「親分にお願いしてくれ――って言うんだが、化物退治じゃねえ」
「化物退治は洒落ているね。場所はどこだい」
「金沢町の升屋なんで」
「両替屋の升屋かい」
「そうですよ。――升屋のお内儀が、銭形の親分さんの御機嫌のいい時、そっとお願いしてみてくれ。詳しい事は、いずれお目に掛ってお話するけれど――って」
「馬鹿だなア。岡っ引に化物退治を頼む奴があるものか。――そんな口なら、岩見重太郎の方へ持って行くがいい」
銭形平次は、こんな事を言うのです。
「その岩見重太郎てぇのは、どこの岡っ引で?」
「ハッハッハッハ、こいつは秀逸だ。岩見重太郎が驚くぜ。岡っ引と間違えられちゃ」
「だって、あっしはまだ、岩見重太郎なんて野郎に逢ったこともありませんよ」
「そうだろうとも、俺も逢ったような気はしねえ」
「ヘッ、呆れたもんだ」
どこまで行っても話は軌道に乗りません。
「だがね八。升屋には一体どんな化物が出るんだ」
平次はようやく真面目になります。化物退治も暇なときには満更でないと思ったのでしょう。
「化物だか幽霊だか知りませんが、升屋では三月ほど前から変なものが出て、奉公人が居着かなくて困るそうですよ。主人の由兵衛も心配はしているが、商人に似合わぬ確り者で、こんな事が世間へ知れちゃ、商売にも障るだろうし、神田草分けと言われる升屋の暖簾にも関わるから、なるべく人に聞かせたくねえ――とこう言うんだそうで」
「なるほど。升屋の主人の言いそうな事だ」
「――たぶん狸か狐の悪戯だろう。捕めえた者には褒美をやると言うんだそうで」
「フーム」
「ところが、その化物は、おそろしく人見知りをして、主人夫婦と一番番頭の金蔵が寝泊りをしている、奥の離室へは出るが、多勢の奉公人の居る、店の方へは気振りも見せないんだそうですよ」
「贅沢な化物じゃないか」
「主人の由兵衛はあの気象だから、お内儀が閉口して、店の方へ行って休もうと言っても、どうしても聴かねえ。――子供騙しの化物騒ぎに脅かされて、七年間も寝起きをした離室を明け渡すのは、町人の恥だてんで――」
「町人の恥は嬉しいな」
平次はまだ少し茶化しながら、それでも次第にこの話に引入れられる様子です。
「一体、この世の中に、化物や幽霊はあるものでしょうか、ないものでしょうか、親分」
「俺は化物や幽霊に付き合いはねえ。そんな事は横町の手習師匠にでも聞くがいい」
「でも、出るのは確かですよ。お内儀は何べんも見たって言うんだから」
「出るだろうよ。俺はそのエテ物に、足が二本あるか、四本…