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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
作品ID56230
副題042 庚申横町
042 こうしんよこちょう
著者野村 胡堂
文字遣い新字新仮名
底本 「銭形平次捕物控(二)八人芸の女」 嶋中文庫、嶋中書店
2004(平成16)年6月20日
初出「オール讀物」文藝春秋社、1935(昭和10)年7月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者結城宏
公開 / 更新2018-08-27 / 2019-11-23
長さの目安約 29 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「親分、向うの角を左へ曲りましたぜ」
「よしッ、手前はここで見張れ、俺は向うへ廻って、逆に引返して来る」
 平次とガラッ八は、近頃江戸中を荒し廻る怪盗、――世間で「千里の虎」というのを、小石川金杉水道町の路地に追い込んだのです。
「合点だッ、親分、八五郎が関を据えりゃ、弁慶が夫婦連れで来ても通すこっちゃねえ」
 ガラッ八の八五郎は、懐から手拭を出すと、キリキリと撚を掛けております。
 まだ薄寒い二月の真夜中、追う方から言えば、意地が悪く月も星も見えませんが、曇っているだけに、物の隈が濃くないのは、逃げる者にとっては案外楽でないかもわかりません。
「無駄を言わずに要心しろ、ここへ追い込めば袋の鼠だ。手前か俺が縮尻らなきゃア、逃げられる場所じゃねえ」
 平次はそう言いながら、引返して逆に、右手の路地を入って行きます。いわば蹄鉄形の長い路地を、一方の口にはガラッ八が頑張り、一方の口からは平次が入って行ったのですから、左右の町家のいずれかへ飛込むより外に道はないはずです。
「あッ」
 路地へ入った時、平次は思わず声を出しました。向うから飛んで来た曲者の姿が、チラリと平次の眼に入ったと思うと、蹄鉄形の路地の頂点あたりで、掻き消すように消えてなくなったのです。
 平次はそのまま駆け続けました。
「あッ、親分」
「なんだ、八か」
「曲者の姿が、この辺で見えなくなりましたぜ」
「お前もそう思うか」
「路地へ消えたか大地に潜ったか、とにかく引返さないことだけは確かで」
 関所に頑張らずに曲者の後を追ったのは八五郎の出過ぎですが、その代り、曲者の消えた場所を二人の眼で、左右から正確に見定めることの出来たのは怪我の功名でもありました。
「左側だ。――その辺に人間の潜るような穴はないか」
「穴はねえが、木戸が一つありますよ」
「押してみろ」
「開きませんよ」
「どれ」
 近づいた平次、粗末な三尺の木戸を押してみましたが、中から桟がおりているとみえて、力ずくでは開きそうもありません。
「乗越してみましょう」
 ガラッ八は木戸へ這い上がると、思いの外身軽に越して、向う側からガチャガチャやっております。
「どうした、手間がとれるじゃないか」
「輪鍵が外れませんよ」
「逃げ道に輪鍵は念入りだね」
 ようやく押し開けて入った時は、目の及ぶ限り、曲者どころか野良犬の影も見えません。
「違やしませんか、親分」
「確かにここに追い込んだのは、『千里の虎』だ。間違いはねえ。針が落ちたほどの足音を聞き付けて、お前を犬っころ投げにして逃げた曲者じゃないか。その上祥雲寺門前からここまで、蜘蛛手の細い路地を拾ってあんな具合に飛んで来るのは、『千里の虎』でなきゃア梟だ」
 二人はそんな事を言いながら、薄明りの中に奥まで見通しのきく、袋路地に入って行きました。
 袋路地といったところで、一方は寺の高い塀、…

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