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貧乏な少年の話
びんぼうなしょうねんのはなし
作品ID56250
著者新美 南吉
文字遣い新字新仮名
底本 「新美南吉童話集 2 おじいさんのランプ」 大日本図書
1982(昭和57)年3月31日
初出「おぢいさんのランプ」有光社、1942(昭和17)年10月10日
入力者江村秀之
校正者持田和踏
公開 / 更新2024-07-30 / 2024-07-24
長さの目安約 31 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 六年生の加藤大作君が、人通りのない道を歩いてくると、キャラメルの箱が一つ落ちていた。
「あれ、キャラメ……」
 大作君はかがんでそれをひろおうとした。しかし急にある考えがうかんで、ひろうのをやめた。人に空箱をひろわせてはずかしい思いをさせようという、だれかの意地わるないたずらかも知れない。どこかにかくれてみていて、それを大作君がひろうととたんに「わアい、いいものひろったなア。」とひやかすつもりかも知れない。そういえば、あたりがばかにひっそりしている。このひっそりしているのがくさいのである。
 そこで大作君はキャラメルの箱を横眼でにらみながら通りすぎると、うしろからあんのじょう、「だいくん、だいくん。」とよんだ者がある。ふりかえったがだれもいなかった。
 すると道ばたの、いま白い花をいっぱいにつけたくちなしのいけがきの一ところが、がさがさと動いて、「ここだよ、ここだよ。」とよんだ。
 大作君はすこしもどって、すきまからのぞいてみた。黒い眼がまたたきながら笑っていた。なんだ、大頭の吉太郎君である。
 だが、こいつは油断のならぬ奴だ、ぼくをわなにかけようとしたんだ、と大作君はすこし腹が立った。
 大頭の吉太郎君は自分のしかけたわなが失敗したので、ご機嫌をとるようににこにこしながら、
「はいってこいよ、あそこの穴から。」
といった。
 大作君は、うんといって、その穴から吉太郎君の家の屋敷にはいった。そこはお金持の吉太郎君の家の土蔵のうらで、みかんの木が五六本うわっていた。
「な、だいくん、あっこにキャラメルの箱が落ちてるだろう。」
と吉太郎君がひそひそ声でいった。こんなふうに、ひそひそ声で話しかけられると、つまらないことでも重大な意味があるように感じられるものだから、大作君はいけがきのすきまからあらためてキャラメルの箱をみた。そして眼をぱちくりやって、
「うん。」
と、やはり声をひそませて答えた。
「あいつをだれかがきっとひろうから、みてよかよ。貧乏なやつがきっとひろうぞ。」
 大作君は、ついいましがた、自分がそれをひろおうとしたこと、そして自分がわなにかけられようとしているのに気づいて腹を立てたことをわすれてしまった。こんどはためす立場にかわったのだ。人をためすとなると、また一だんと興味がわくものである。
「うん。」
と大作君は、もう吉太郎君の味方になりながら、うなずいた。
 ふたりは、くちなしの葉や花しべに顔をさわられながら、すきまから道の上の小さい箱を熱心にみつめ、はやく貧乏なやつがこないかと、道の左右をうかがっていた。
 こうして、人に知られずに、人をためすということは、なんと胸のときめくことであろう。雀をとらえるために風呂桶のふたを庭に立てて、その下にもみをまいておき、雀がそこにだまされてくるのを、ものかげからみているときの、あのひそやかな歓びに似…

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