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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
作品ID56285
副題075 巾着切りの娘
075 きんちゃくきりのむすめ
著者野村 胡堂
文字遣い新字新仮名
底本 「銭形平次捕物控(七)平次女難」 嶋中文庫、嶋中書店
2004(平成16)年11月20日
初出「オール讀物」文藝春秋社、1938(昭和13)年4月臨時増刊号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者結城宏
公開 / 更新2019-01-08 / 2019-11-23
長さの目安約 28 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「あッ危ねえ」
 銭形の平次は辛くも間に合いました。夜桜見物の帰りも絶えた、両国橋の中ほど、若い二人の袂を取って引戻したのは、本当に精一杯の仕事だったのです。
「どうぞお見逃しを願います」
「どっこい待ちな、――そんな身投げの極り文句なんか、素直に聞いちゃいられねえ」
「死ななきゃならないわけがございます。どうぞ、親分」
 争う二人、平次は叩きのめすように、橋の欄干に押付けました。
「頼むから静かにしてくれ。俺は横山町から駆け付けたんだ。息が切れてかなわねえ、――意見をするのが面倒臭くなると、二人を縛って欄干に晒し物にする気になるかも知れないぜ」
「親分さん」
「解ったよ。三百八十両の大金を巾着切りにやられて、主人への申し訳、言い交した女と一緒に、ドブンとやらかそうという筋だろう」
「えッ」
「お前は、増屋の養子徳之助、――こっちはお富というんだってね」
「そういう親分さんは?」
「神田の平次だ」
「あッ、銭形の――」
 徳之助とお富は、死ぬはずの身を忘れて、町の家並に傾く桜月の薄明りの中に、江戸第一番の御用聞と言われた平次の顔を見直しました。
「横山町の店からの使いで飛んで行ってみると、――一度店へ帰ったお前が、お富と牒し合せて飛出したという騒ぎの真っ最中だ。いずれは心中ものだろうと思ったが、永代へ行ったか両国へ行ったか、それとも向島へ遠っ走りをしたか見当がつかねえ、――ともかく、近間の両国へ駆け付けて、幸い間に合ったからいいようなものの、これが永代へでも伸された日にゃ、今頃は三途の川で夜桜を眺めているぜ、危ねえ話だ」
 そういう平次の言葉を聞いて、
「…………」
 二人はゾッと襟をかき合せました。助けられた今になってみると、三途の川の夜桜が、あまり気味のいいものではなかったのです。
「さア行こうぜ、――店じゃ皆さんも大心配だ。わけても増屋の旦那は、三百八十両のことも忘れて徳之助にもしもの事がなけりゃいいが――と居たり起ったり、神棚に灯明をあげたり、見るも気の毒なほどの気の揉みようだ」
「申し訳もございません、――でも、私はこのまま店へ帰っては済まないことがございます」
「はてネ」
 月明りのわずかに残る欄干に凭れたまま、徳之助は苦悶に打ちひしがれて、濡れでもしたように、しょんぼりと語り続けました。
 十三の年、親を喪った徳之助は、遠縁の増屋に引取られて養子分で、二十一まで働きましたが、増屋の主人三右衛門の慈愛が深まるにつれて、朋輩の嫉妬が激しく、三百八十両の大金を失っても、主人の三右衛門は許してくれるでしょうが、番頭手代は、決して腹の中では、許してくれないだろうと――こう言うのです。
 その上、今日まで内緒にしていた、お富との仲が、この心中騒ぎで一ぺんに知れたら、他の奉公人の手前、主人の三右衛門も、素直に許してはくれないかも解らず、いずれにしても、…

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