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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
作品ID56295
副題062 城の絵図面
062 しろのえずめん
著者野村 胡堂
文字遣い新字新仮名
底本 「銭形平次捕物控(四)城の絵図面」 嶋中文庫、嶋中書店
2004(平成16)年8月20日
初出「オール讀物」文藝春秋社、1937(昭和12)年4月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者結城宏
公開 / 更新2018-11-12 / 2019-11-23
長さの目安約 30 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「親分、大変な野郎が来ましたぜ」
 ガラッ八の八五郎は、拇指で自分の肩越しに指しながら、入口の方へ顎をしゃくってみせます。
「大変な野郎――?」
 銭形の平次は、岡っ引には過ぎた物の本に吸い付いて、顔を挙げようともしません。
「二本差が二人――」
「馬鹿野郎、御武家を野郎呼ばわりする奴があるものか、無礼討にされても俺の知ったことじゃないぞ」
「でもね親分、立派な御武家が二人、敷居を舐めるようにして、――平次殿御在宿ならば御目にかかりたい、主人姓名の儀は仔細あって申し兼ねるが、拙者は石津右門、大垣伊右衛門と申すもの――てやがる。まるでお芝居だね、ヘッ、ヘッ、ヘッ、ヘッ」
 ガラッ八は箍の抜けた桶のように、手の付けようのない馬鹿笑いをするのです。
「御身分の方だろう、丁寧にお通し申すんだ。――その馬鹿笑いだけなんとか片付けろ、呆れた野郎だ」
 小言をいいながら平次は、取散らかした部屋の中を片付けて、少し煎餅になった座蒲団を二枚、上座らしい方角へ直します。
「これは、平次殿か、とんだ邪魔をいたす。拙者は石津右門――」
「拙者は大垣伊右衛門と申す者」
 二人の武家は開き直って挨拶するのです。――石津右門というのは、五十前後の鬼が霍乱を患ったような悪相の武家、眼も鼻も口も大きい上に、渋紙色の皮膚、山のような両肩、身扮も、腰の物も、代表型な浅黄裏のくせに、声だけは妙に物優しく、折目正しい言葉にも、女のような柔かい響きがあります。
 大垣伊右衛門というのは、それより四つ五つ若く、これは美男と言ってもいいでしょう、秀でた眉、高い鼻、少し大きいが紅い唇、謡いの地があるらしい錆を含んだ声、口上も江戸前でハキハキしております。
「私が平次でございますが――御用は?」
 平次は静かに顔をあげました。
「外ではない。町方の御用を勤める平次殿には、筋違いの仕事であろうが、人間二人三人の命に係わる大事、折入って頼みたいことがあって参った――」
 石津右門は口を切るのです。
「拙者はさる大藩の国家老、ここにおられる大垣殿は江戸の御留守居じゃ。恥を申さねば判らぬが、三日前、当江戸上屋敷に、不測の大事が起り、拙者と大垣殿は既に腹まで掻切ろうといたしたが、一藩の興廃に拘わる大事、一人や二人腹を切って済むことではない。――とやこう思案の果、さる人から平次殿の大名を承り、良き知恵を拝借に参ったようなわけじゃ――」
 四角几帳面な話、聴いているだけでも肩の凝りそうなのを、ガラッ八はたまり兼ねて次の間へ避難しました。――平次殿の大名――から――良き知恵を拝借――が可笑しかったのです。
「旦那、お言葉中でございますが、あっしは町方の御用聞で、御武家やお大名方の紛紜に立ち入るわけには参りません。承る前に、それはお断り申上げた方が宜しいようで――」
 平次が尻ごみしたのも無理はありません。腹を切り損ねて…

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