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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
副題073 黒い巾着
073 くろいきんちゃく
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「銭形平次捕物控(四)城の絵図面」 嶋中文庫、嶋中書店
2004(平成16)年8月20日
初出「オール讀物」文藝春秋社、1938(昭和13)年3月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者結城宏
公開 / 更新2018-12-27 / 2018-11-24
長さの目安約 30 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



「親分、山崎屋の隠居が死んだそうですね」
 ガラッ八の八五郎は、いつにない深刻な顔をして入って来ました。
「それは聴いた。が、どうした、変なことでもあるのかい」
 銭形平次は植木鉢から顔を挙げました。相変らず南縁で、草花の芽をいつくしんでいるといった、天下泰平の姿だったのです。
「変なことがないから不思議じゃありませんか」
「そんな馬鹿なことがあるものか」
「でも、ね親分、あの隠居は畳の上で往生の遂げられる人間じゃありませんぜ。稼業とは言いながら何百人、何千人の寿命を縮めたか、解らない――」
「仏様の悪口を言っちゃならねえ」
「死んだ者のことをかれこれ言うわけじゃねえが、ね親分、聴いておくんなさい、このあっしも去年の秋、一両二分借りたのを、半年の間に、一両近え利息を絞られましたぜ。十手や捕縄を屁とも思わない爺イでしたよ」
 ガラッ八はそんな事を言いながら、鼻の頭を撫で上げるのでした。
「まさか、十手や捕縄をチラチラさせて金を借りたんじゃあるまいね」
「借りる時は見せるもんですか。もっとも、うるさく催促に来た時チラチラさせましたが、相手は一向驚かねえ」
「なお悪いやな、仕様のねえ野郎だ。お小遣が要るなら、俺のところへ来てそう言えばいいのに、――もっとも、俺のところにも一両と纏まった金は滅多にねえが、いざとなりゃ、質を置くとか、女房を売り飛ばすとか」
「止して下さいよ、親分がそんな事を言うから、うっかり無心にも来られねえ」
 ガラッ八は面目次第もない頸筋をボリボリ掻くのでした。
「お葬いが済んで、帳面をしらべたら、借手に御用聞の八五郎の名が出て来た――なんか面白くねえ。お上の御用を勤める者には、それだけの慎みが肝腎だ、――これを持って行って、番頭か若主人にそう言って、帳面から手前の名前だけ消して貰うがいい。それから、忌中の家へ手ブラで行く法はないから、これは少しばかりだが香奠の印だ」
 銭形平次はそう言いながら、財布から取出した小粒で一両二分、外に二朱銀を一枚、紙に包んでガラッ八の方に押しやりました。
「ヘエ、相済みません。それじゃこの一両二分は借りて参ります。それからこれは少しばかりだが香奠の印――」
「人の口真似する奴もねえものだ」
「勘弁しておくんなせえ、少し面喰らっているんで」
 八五郎は飛んで行きました。同朋町の山崎屋の隠居勘兵衛に、さんざんの目に逢わされた一両二分、死んでからでも返してしまったら、さぞ清々するだろうといった、そんな事しか考えていなかったのですが、行ってみると、それどころの騒ぎではありません。
 湯島の崖を背負って、大きな敷地に建った山崎屋の裕福な家の中が、ワクワクするような緊張を孕み、集まった親類縁者近所の衆が、ガラッ八の八五郎を迎えて、固唾を呑むのです。
「御免よ、――内々で番頭に逢いてえが」
「その事でございます、親分さん」…

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