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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
作品ID56297
副題065 結納の行方
065 ゆいのうのゆくえ
著者野村 胡堂
文字遣い新字新仮名
底本 「銭形平次捕物控(六)結納の行方」 嶋中文庫、嶋中書店
2004(平成16)年10月20日
初出「オール讀物」文藝春秋社、1937(昭和12)年7月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者結城宏
公開 / 更新2018-11-24 / 2019-11-23
長さの目安約 29 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「親分」
「何だ八、また大変の売物でもあるのかい、鼻の孔が膨らんでいるようだが」
 銭形の平次はいつでもこんな調子でした。寝そべったまま煙草盆を引寄せて、こればかりは分不相応に贅沢な水府煙草を一服。紫の煙がゆらゆらと這って行く縁側のあたりに、八五郎の大きな鼻が膨らんでいるといった、天下泰平な夏の日の昼下がりです。
「大変が種切れなんで、ちかごろは朝湯に昼湯に留湯だ。一日に三度ずっ入ると、少しフヤけるような心持だね、親分」
「呆れた野郎だ。十手なんか内懐に突っ張らかして、わずかばかりの湯銭を誤魔化しゃしめえな」
「とんでもねえ、そんな不景気な事をするものですか――不景気と言や、親分、近頃銭形の親分が銭を投げねえという評判だが、親分の懐具合もそんなに不景気なんですかい」
「馬鹿にしちゃいけねえ、金は小判というものをうんと持っているよ。それを投るような強い相手が出て来ないだけのことさ」
「ヘッ、ヘッ」
「いやな笑いようをするじゃないか」
「その強そうな相手があったら、どうします、親分」
「またペテンにかけて俺を引出そうというのか、その強そうな相手というのは誰だ、――次第によっちゃ乗出さないものでもない」
 平次は起直りました。春から大した御用もなく、巾着切や空巣狙いを追い廻させられて、銭形の親分も少し腐っていた最中だったのです。
「品川の大黒屋常右衛門――親分も知っていなさるでしょう」
「石井常右衛門の親類かい」
「そんな気のきかない浅黄裏じゃない、品川では暖簾の古い酒屋ですぜ」
「フーン」
「そこの娘――お関というのは、十八になったばかりだが、品川小町と言われるたいしたきりょうだ。手代の千代松と嫁合せ暖簾を分けるはずだったが、近頃大黒屋は恐ろしい左前で、盆までに二三千両纏まらなきゃ主人の常右衛門首でも縊らなきゃならねえ」
「…………」
 平次は黙ってガラッ八の長広舌に聴き入りました。この天稟の早耳は、また何か重大なものを嗅ぎつけて来た様子です。
「幸い、池の端茅町の江島屋良助の倅良太郎が、フトした折にお関を見染めた」
「あの馬鹿息子がかい」
「息子は馬鹿でも、親爺は下谷一番の丸持だ。上野の御用を勤めて、何万両と溜め込み、金の費い途に困って、庭石の代りに小判を敷いたり、子供の玩具にしたり」
「嘘を吐きゃがれ」
「それは嘘だが、とにかく、倅に日本一の嫁を貰うんだからと嫌がる大黒屋へ人橋架けて口説き落し、その代り結納は千両箱が三つ、こいつは空じゃないぜ、親分」
「大黒屋へやったというのか」
 三千両の結納は、江戸の大町人のする事にしても、少し奢りが過ぎます。
「池の端の江島屋から、馬に積んで番頭と仲人夫婦が付添い品川大黒屋まで持って行って、江島屋の番頭太兵衛や、仲人の佐野屋佐吉夫妻が立会いの上、三つの千両箱を開けてみると、こいつがみんな大粒の砂利になっていたとい…

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