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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
副題014 たぬき囃子
014 たぬきばやし
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「銭形平次捕物控(六)結納の行方」 嶋中文庫、嶋中書店
2004(平成16)年10月20日
初出「オール讀物」文藝春秋社、1932(昭和7)年5月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者noriko saito
公開 / 更新2018-03-10 / 2018-02-25
長さの目安約 24 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



「親分、あっしは、気になってならねえことがあるんだが」
「何だい、八、先刻から見ていりゃ、すっかり考え込んで火鉢へ雲脂をくべているようだが、俺はその方がよっぽど気になるぜ」
 捕物の名人銭形の平次は、その子分で、少々クサビは足りないが、岡っ引には勿体ないほど人のいい八五郎の話を、こうからかい気味に聞いてやっておりました。
 遅々たる春の日、妙に生暖かさが睡りを誘って、陽が西に廻ると、義理にも我慢の出来なくなるような薄霞んだ空合でした。
「ね、親分、あっしは、あの話を、親分が知らずにいなさるはずはねえと思うんだが――」
「何だい一体、その話てえのは? 横町の乾物屋のお時坊が嫁に行って、ガラッ八ががっかりしているって話ならとうに探索が届いているが、あの娘の事なら、器用にあきらめた方がいいよ、町内の良い娘が一人ずつ片付いて行くのを心配していた日にゃ、命が続かねえぜ」
「冗、冗談でしょう、親分、誰がそんな馬鹿なことを言いました」
「誰も言わなくたって、銭形の平次だ、それくらいのことに目が届かなくちゃ、十手捕縄を預かっていられるかい」
「そんな馬鹿なことじゃねえんで――あっしが気にしているのは、親分も薄々聞いていなさるでしょうが、近頃大騒ぎになっている本所の泥棒――、三日に一度、五日に一度、選りに選って大家の雨戸を切り破る手口は、どう見ても人間業じゃねえ。石原の親分じゃ心もとないから、いずれは、銭形の親分に出て貰って、何とかしなきゃア納まりが付くめえ――って、先刻も銭湯で言っていましたが、あっしもそりゃアその通りだ、うちの親分なら――」
「馬鹿野郎ッ」
 みなまで言わせず、平次はとぐろをほぐして日向へ起き直りました。
「へえ――」
「へえ――じゃないよ、世間様の言うのは勝手だが、手前までそんな事を言やがると承知しねえよ」
「相済みません」
「本所は石原の兄哥の縄張だ、頼まれたって俺の出る幕じゃねえ。それに、石原の兄哥にケチなんぞ付けやがって」
「――ヘエ、面目次第もございません」
「馬鹿だなお前は、なんて恰好だい、借金の言い訳じゃあるまいし、そう二つも三つも、立て続けにお辞儀をしなくたってよかろう。それに、膝っ小僧なんか出してさ。一体お前なんか、そんな身幅の狭い袷を着る柄じゃないよ――ウ、フ」
 平次もとうとう吹出してしまいました。こうなると、何の小言を言っていたか、自分でも判らなくなってしまいます。
「御免下さい」
 折から、入口の格子の外で、若い女の声。
「八、ちょいと行って見ておくれ、どうせお静の客だろうが、生憎買物に出たようだ」
「ヘエ――」
 ガラッ八の八五郎は、それでも素直に立上がって今叱られたばかりの狭い袷の前を引っ張りながら縁側から入口を覗きましたが、何を見たか、弾き返されたように戻って来て、
「親分、た、大変」
 日本一の酸っぱい顔をします。

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