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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ |
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作品ID | 56303 |
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副題 | 043 和蘭カルタ 043 オランダカルタ |
著者 | 野村 胡堂 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「銭形平次捕物控(六)結納の行方」 嶋中文庫、嶋中書店 2004(平成16)年10月20日 |
初出 | 「オール讀物」文藝春秋社、1935(昭和10)年9月号 |
入力者 | 特定非営利活動法人はるかぜ |
校正者 | 結城宏 |
公開 / 更新 | 2018-09-02 / 2019-11-23 |
長さの目安 | 約 29 ページ(500字/頁で計算) |
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一
「親分、子さらいが流行るんだってネ」
「聞いたよ、憎いじゃないか」
銭形平次は苦い顔をしました。
「赤ん坊ならどこへ連れて行かれても、それっきり判らなくなるかも知れないが、さらわれるのは大概七つ八つから十二三の子だからどんな場所に売られたにしても、土地の役人なり御用聞なりに、名乗って出られそうなものじゃありませんか。江戸だけでも何人あるか知れないが、一人も行方が判らないとは変だねえ、親分」
ガラッ八の八五郎も、時々はこういった上等の智恵を出すこともあったのです。
「だから俺は考えているのさ、相手の見当だけでも付かなきゃア、うっかり手は出せねえ、――だがな八、金や品物を盗られたのなら、働いて取返す術もあるだろうが、子供をさらわれた親の身になってみれば、諦めようがあるまい。悪事の数も多いが、信夫の藤太の昔から、人の子を取るほど罪の深いものはないなア」
銭形平次も妙に感傷的でした。女房のお静が身重で、暮までには、平次も人の親になるはずだったからでしょう。
「女の子だけをさらうなら解っているが、時々男の子を誘拐す料簡が解らないじゃありませんか」
八五郎はまだ首を捻っております。
ちょうどその時、
「御免下さい、銭形の親分さんはこちらで――」
門口から年配の女の声、平次の女房お静は取次に出た様子です。
「八、また誘拐らしいぜ」
「どうしてそんな事が判るんで、親分」
「女が二人連れで、こんなに早く御用聞の家へ来るのはよくよくの用事さ」
「ヘッ、当るも八卦という奴で」
八五郎はガチャガチャをやる真似をしました。
「金座の勘定役石井平四郎様の御召使が二人でお出でになりました」
お静が取次ぐのを待っていたように、
「とうとう俺の縄張内へやって来たのか、よしよしこの辺が乗出しの潮時だろう、丁寧に通すんだよ」
「ハイ」
引返したお静、間もなく二人の女を案内して来ました。
「始めて御目にかかります。私は金座の役人石井平四郎の雇人、霜と申します。御坊っちゃまの乳母をいたしておりました、これはお付きの小間使、春でございます」
挨拶をしたのは、四十二三のいかにも実直そうな女、その後ろに小さく控えたのは、十七八の大商人の召使らしい美しい娘です。
「平次は私で、――どんな御用でしょう」
「大変な事が起りました」
「坊っちゃんが誘拐されたんでしょう」
「えッ、ど、どうしてそれを」
「お前さんの顔に書いてある」
「えッ」
お霜の驚きは大袈裟でした。
「まア、そんな事はどうでもいい、――坊っちゃんの見えなくなった、後前の事を詳しく聴こうじゃありませんか」
平次の調子には、いろいろの意味が籠っていそうです。
「こうなんですよ、親分さん、――昨夜戌刻(八時)少し過ぎでした。あんまり暑いんで、お春さんが坊っちゃんを表の縁台で遊ばせていると、昼買った花火が箪笥の上にあったはず…