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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
作品ID56305
副題051 迷子札
051 まいごふだ
著者野村 胡堂
文字遣い新字新仮名
底本 「銭形平次捕物控(六)結納の行方」 嶋中文庫、嶋中書店
2004(平成16)年10月20日
初出「オール讀物」文藝春秋社、1936(昭和11)年5月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者noriko saito
公開 / 更新2020-07-25 / 2020-06-27
長さの目安約 27 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「親分、お願いがあるんだが」
 ガラッ八の八五郎は言いにくそうに、長い顎を撫でております。
「またお小遣いだろう、お安い御用みたいだが、たんとはねえよ」
 銭形の平次はそう言いながら、立上がりました。
「親分、冗談じゃない。――またお静さんの着物なんか剥いじゃ殺生だ。――あわてちゃいけねえ、今日は金が欲しくて来たんじゃありませんよ。金なら小判というものを、うんと持っていますぜ」
 八五郎はこんな事を言いながら、泳ぐような手付きをしました。うっかり金の話をすると、お静の頭の物までも曲げかねない、銭形平次の気象が、八五郎にとっては、嬉しいような悲しいような、まことに変てこなものだったのです。
「馬鹿野郎、お前が膝っ小僧を隠してお辞儀をすると、いつもの事だから、また金の無心と早合点するじゃないか」
「へッ、勘弁しておくんなさい――今日は金じゃねえ、ほんの少しばかり、智恵の方を貸して貰いてえんで」
 ガラッ八は掌の窪みで、額をピタリピタリと叩きます。
「何だ。智恵なら改まるに及ぶものか、小出しの口で間に合うなら、うんと用意してあるよ」
「大きく出たね、親分」
「金じゃ大きな事が言えねえから、ホッとしたところさ。少しは付き合っていい心持にさしてくれ」
「親分子分の間柄だ」
「馬鹿ッ、まるで掛合噺みたいな事を言やがる、手っ取り早く筋を申上げな」
「親分の智恵を借りてえというのが、外に待っているんで」
「どなただい」
「大根畑の左官の伊之助親方を御存じでしょう」
「うん――知ってるよ、あの酒の好きな、六十年配の」
「その伊之助親方の娘のお北さんなんで」
 ガラッ八はそう言いながら、入口に待たしておいた、十八九の娘を招じ入れました。
「親分さん、お邪魔をいたします。――実は大変なことが出来ましたので、お力を拝借に参りましたが――」
 お北はそう言いながら、浅黒いキリリとした顔を挙げました。決して綺麗ではありませんが、気象者らしいうちに愛嬌があって地味な木綿の単衣も、こればかりは娘らしい赤い帯も、言うに言われぬ一種の魅力でした。
「大した手伝いは出来ないが、一体どんな事があったんだ、お北さん」
「他じゃございませんが、私の弟の乙松というのが、七日ばかり前から行方知れずになりました」
「幾つなんで」
「五つになったばかりですが、智恵の遅い方でまだ何にも解りません」
「心当りは捜したんだろうな」
「それはもう、親類から遊び仲間の家まで、私一人で何遍も何遍も捜しましたが、こちらから捜す時はどこへ隠れているのか、少しも解りません」
 お北の言葉には、妙に絡んだところがあります。
「捜さない時は出て来るとでも言うのかい」
「幽霊じゃないかと思いますが」
 賢そうなお北も、そっと後ろを振り向きました。真昼の明るい家の中には、もとより何の変ったこともあるわけはありません。
「幽霊?」…

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