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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
作品ID56308
副題076 竹光の殺人
076 たけみつのさつじん
著者野村 胡堂
文字遣い新字新仮名
底本 「銭形平次捕物控(三)酒屋火事」 嶋中文庫、嶋中書店
2004(平成16)年7月20日
初出「オール讀物」文藝春秋社、1938(昭和13)年5月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者結城宏
公開 / 更新2019-01-17 / 2019-11-08
長さの目安約 26 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「平次、狸穴まで行ってみないか、竹光で武家が一人殺されたんだが――」
 与力笹野新三郎は、ちょうど八丁堀組屋敷に来合せた、銭形平次を誘いました。
「旦那が御出役で?」
「そうだよ。浪人者には違いないが、土地では評判の良い人物だ。放ってもおけまい」
 八丁堀の与力が出役するのは、余程の大捕物で、いずれは殺された武家の旧藩関係に、厄介なことでもあるのでしょう。
「お供いたします。ちょうど、八五郎も参っておりますから」
「そうしてくれると都合がいい」
 笹野新三郎は、銭形平次を信頼し切っております。土地の御用聞は、うるさい縄張のことを言い出しそうですが、与力のお声掛りで行く分には、文句の言いようはありません。
 桜は八重、日和も陽気も、申分のない春でした。竹光で武家が殺されたという、煽情的な事件がなくとも、若くてハチ切れそうな平次は、江戸中を一廻りしたいような心持になっていたのです。
「やっとうの方はいけたんでしょうね、その浪人者は?」
 平次は道々も竹光の事が気になってなりません。
「微塵流の遣い手で、さる大藩の指南番までした人物だそうだ」
「それが、竹箆で殺られたんですか」
「変っているだろう」
 そんな事を言いながら、三人は芝山内から麻布狸穴へ、うらうらとゆらぐ、街の陽炎を泳ぐように辿っていたのです。
 狸穴に着いたのは昼少し過ぎ、この辺は山の手の盛り場で商い家も多く、手軽な見世物や、茶屋、楊弓場などのあった時代ですが、一歩裏通りに入ると、藁葺のしもた家が軒を並べ、安御家人や、隠居屋敷、浪人暮しなどの人が、ささやかな畑を拵えて、胡瓜や南瓜を育てているといった、一種変った風物が特色でもあったのです。
「お待ち申しておりました、旦那」
 狸穴のとある家、生垣の前に、土地の岡っ引が待っておりました。狸穴に縁を持たせて鼓の源吉というポンポンした四十男。
「鼓の親分、私も目学問をさして貰いますよ」
 平次はへり下って肩の手拭を取りました。
「いいとも、銭形の兄哥が来てくれると、俺も心強いというものだ」
 あっさりした口はききますが、何か腹の底に蟠りがないではありません。
「死骸は?」
 と笹野新三郎。どこからともなく散り残る花弁が飛んで来て、陰惨な空気などは感じられませんが、建物に沿って右に曲ると、風の吹廻しか、線香の匂いがプーンと来て、さすがに職業的な緊張を覚えさせます。
「今朝死骸を見付けたのは、ここでございました」
 源吉は狭い庭の沓脱の上を指しました。一抱えほどの自然石の上は、春の陽に乾いて血潮がベットリ、もう玉虫色に光っているのも不気味です。
「誰が見付けたんだ」
「私で――」
 いつの間にやら、新三郎の後ろ、平次の横手に立っていたのは、二十七八の小気のきいた渡り仲間風の男です。
「お前は?」
 新三郎の眼は少し厳しく動いて、この男の全部を一瞬に読もう…

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