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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
作品ID56316
副題078 十手の道
078 じってのみち
著者野村 胡堂
文字遣い新字新仮名
底本 「銭形平次捕物控(四)城の絵図面」 嶋中文庫、嶋中書店
2004(平成16)年8月20日
初出「オール讀物」文藝春秋社、1938(昭和13)年7月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者結城宏
公開 / 更新2019-02-07 / 2019-11-23
長さの目安約 28 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「親分、このお二人に訊いて下さい」
 いけぞんざいなガラッ八の八五郎が、精いっぱい丁寧に案内して来たのは、武家風の女が二人。
「私は加世と申します。肥前島原の高力左近太夫様御家中、志賀玄蕃、同苗内匠の母でございます。これは次男内匠の嫁、関と申します」
 六十近い品の良い老女が、身分柄も忘れて岡っ引風情の平次に丁寧な挨拶です。
 後ろに慎ましく控えたのは、二十二三の内儀、白粉も紅も抜きにして少し世帯崩れのした、――若くて派手ではありませんが、さすがの平次もしばらく見惚れたほどの美しい女でした。
「承りましょうか。私は町方の岡っ引で、御武家の内証事に立ち入ることは出来ませんが、八五郎から聴くと、大層お気の毒な御身分だそうで――」
 平次は静かに老女の話を導きました。
 肥前島原の城主高力左近太夫高長は、かつて三河三奉行の一人、仏高力と呼ばれた河内守清長の曾孫で、島原の乱後、ぬきんでて鎮撫の大任を命ぜられ、三万七千石の大禄を食みましたが、「その性狂暴、奢侈に長じ、非分の課役をかけて農民を苦しめ、家士を虐待し、天草の特産なる鯨油を安値に買上げて暴利を貪り」と物の本に書き伝えてある通り、典型的な暴君で、百姓怨嗟の的となっているのでした。
「倅玄蕃はそれを諫め、主君の御憤りに触れてお手討になりました。それも致し方はございませんが、こんどは次男内匠の嫁、これなる関に無体のことを申し、世にあるまじき御仕打が重なります。あまりの事に我慢なり兼ね、倅に勧めて主家を退転、明神裏に浪宅を構え、世の成行く様を見ておりましたところ――」
 老女はここまで話すと、襲われたように、ゴクリと固唾を呑みます。
「御次男内匠様が二三日前から行方知れずになった――とこうおっしゃるのでしょう」
 平次はもどかしそうに、八五郎から聴かされた筋を先潜りしました。
「左様でございます。元の御朋輩衆、川上源左衛門、治太夫御兄弟に誘われ、沖釣に行くと申して出たっきり戻りません」
「川上とやらいう方に、お訊ねになったことでしょうな」
「翌る日すぐ、西久保御屋敷まで参り、川上様にお目にかかり、根ほり葉ほり伺いましたところ、倅は腹痛がするから帰ると言って、船へも乗らずに、芝浜の船宿で別れたっきり、その後のことは何にも知らないという口上でございます」
「…………」
「釣に誘っておいて、どこへ連れ出したことやら――、川上様御兄弟は、殿の御覚えも目出たく、日頃は倅と口をきいた事もないような方でございます。それが、浪々の身になった倅を誘って、釣に行くというのからして腑に落ちません、――大方?」
「――大方?」
「お屋敷につれ込まれて、御成敗――を」
「あれ、母上様」
 言ってはならぬ事を言った加世は、嫁のお関に袖を引かれて、そっと襟をかき合せます。
「日頃お憎しみの重なる倅、どんな事になるやら、心配でなりません。――…

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