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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
作品ID56320
副題050 碁敵
050 ごがたき
著者野村 胡堂
文字遣い新字新仮名
底本 「銭形平次捕物控(一)平次屠蘇機嫌」 嶋中文庫、嶋中書店
2004(平成16)年5月20日
初出「オール讀物」文藝春秋社、1936(昭和11)年4月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者結城宏
公開 / 更新2018-10-07 / 2019-11-23
長さの目安約 32 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「親分、泥棒は物を盗るのが商売でしょう」
 八五郎のガラッ八はまた変なことを言い出しました。
「商売――はおかしいが、まア世間並の泥棒は人の物を盗るだろうな」
 銭形平次は、女房のお静に給仕をさせて、遅い朝飯をやりながら、こんな事を言っております。
 桜には少し早いが、妙に身内の擽られるような、言うに言われぬ好い陽気です。
「ところがその世間並でねえ泥棒があったんで――」
「物を盗らずに何を盗ったんだ」
「置いて行ったんで、親分」
「物を置いて行く泥棒は無いぜ。八、忘れ物じゃないか」
「戸はコジ開けて入って、他の家へ物を忘れて行く奴は無いでしょう」
「話はこんがらかっていけねえ、一体どこに何があったんだ。手軽に白状しな、お茶を呑みながら聴いてやる」
「白状と来たね。石を抱かせる代りに、せめて落雁を抱かせて貰いたい、――出がらしの番茶も呑みようがある」
「あんな野郎だ、お静、狙われた物を出してやった方がいいよ」
 平次が顎をしゃくると、お静は心得て落雁の箱の蓋を払ってやりました。口数は少ないが、柔か味と情愛の籠った、相も変らぬ良い女房振りです。
「親分の前だが、泥棒が金唐革の飛切り上等の懐中煙草入を忘れて行くという法はねえ。おまけに煙管は銀だ。あれは安くちゃ買えませんぜ」
 ガラッ八はまだ頭を振っております。落雁はもう四つ目。
「さア、一人で感心していずに、ぶちまけてしまいな、――落雁が気に入ったら、箱ごと持って帰っても構わないから」
「大層気前がいいんだね、親分」
「馬鹿にするな」
 平次と八五郎はこう言った、隔てのない心持で話し合っております。
「親分も知っていなさるだろう、神田相生町の、河内屋又兵衛――」
「界隈で一番という家持だ、知らなくてどうするものか」
 外神田の三分の一も持っているだろうと言われた河内屋又兵衛、万両分限の大町人を、平次が知らなくていいものでしょうか。
「大旦那の又兵衛――金はあるが倅夫婦に死に別れ、孫の喜太郎という十一になる男の子とたった二人、奉公人と小判に埋まって暮している」
「それがどうした」
「その河内屋へ昨夜泥棒が入ったんで――」
「金は取らずに、その豪勢な懐中煙草入を置いて行ったと言うんだろう」
「その通り」
「それっきりかえ」
「お気の毒だが、根っ切り葉っ切りそれっきりで」
「呆れた野郎だ。落雁だけ無駄になった。お静、箱を片付けた方がいいよ」
 平次は笑っております。早耳では天才的なガラッ八の八五郎を、毎朝一と廻りさせて、その情報の中から、何か「異常なもの」を嗅ぎ出そうとするのが、長い間の平次の習慣ででもあったのです。
「河内屋には金が唸るほどあるでしょう」
「それはあるだろう」
「その金には眼もくれず、――坊っちゃんの喜太郎の寝部屋へ忍び込んで、金唐革の贅を尽した懐中煙草入を、手習机の上へ置いて行ったというのは…

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