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雨夜の怪談
あまよのかいだん
著者岡本 綺堂
文字遣い新字旧仮名
底本 「近代異妖篇 ――岡本綺堂読物集三」 中公文庫、中央公論新社
2013(平成25)年4月25日
初出「木太刀」1909(明治42)年10月号
入力者江村秀之
校正者noriko saito
公開 / 更新2019-11-15 / 2019-10-28
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 秋……殊に雨などが漕々降ると、人は兎角に陰気になつて、動もすれば魔物臭い話が出る。さればこそ、七偏人は百物語を催ほして大愚大人を脅かさんと巧み、和合人の土場六先生はヅーフラ(註:オランダ渡来の、ラツパのような形状をした呼筒。半七捕物帳「ズウフラ怪談」に詳しい。)を以て和次さん等を驚かさんと企つるに至るのだ。聞く所に拠れば近来も怪談大流行、到る所に百物語式の会合があると云ふ。で、私も流行を趁うて、自分が見聞の怪談二三を紹介する。但し何れも実録であるから、芝居や講釈の様に物凄いのは無い。それは前以てお断り申して置く。



 明治六七年の頃、私の家は高輪から飯田町に移つた。飯田町の家は大久保何某といふ旗本の古屋敷で随分広い。移つてから二月ほど経つた或夜の事、私の母が夜半に起きて便所に行く。途中は長い廊下、真闇の中で何やら摺違つたやうな物の気息がする、之と同時に何とは無しに後へ引戻されるやうな心地がした。けれども、別に意にも介めず、用を済して寝床へ帰つた。
 こゝに住むこと約半年、更に同町内の他へ移転した。すると、出入の酒商が来て、旧宅にゐる間に何か変つた事は無かつたかと問ふ。いや、何事も無かつたと答へると、実は彼の家は昔から有名の化物屋敷、あなた方が住んでお在の時に、そんな事を申上げては却つて悪いと、今日まで差控えて居りましたと云ふ。併し此方では何等の不思議を見た事無し、強て心当りを探り出せば、前に記した一件のみ。これでも怪談の部であらうか。



 安政の末年、一人の若武士が品川から高輪の海端を通る。夜は四つ過ぎ、他に人通りは無い。芝の田町の方から人魂のやうな火が宙を迷うて来る。それが漸次に近くと、女の背に負はれた三歳ばかりの小供が、竹の柄を付けた白張のぶら提灯を持つてゐるのだ。唯是だけの事ならば別に仔細無し、こゝに不思議なるは其の女の顔で、眼も鼻も無い所謂のツぺらぼう。武士も驚いて、思はず刀に手を掛けたが、待て暫し、広い世の中には病気又は怪我の為に不思議な顔を有つ女が無いとも限らぬ、迂闊に手を下すのも短慮だと、少時づツと見てゐる中に、女は消ゆるが如くに行き過ぎて遠く残るは提灯の影ばかり。是果して人か怪か竟に分らぬ。其の武士と云ふのは私の父である。
 忠盛は油坊主を捕へた。私も引捕へて詮議すれば可かつたものを……と、老後の悔み話。



 慶応の初年、私の叔父は富津の台場を固めてゐた、で、或日の事。同僚吉田何某と共に近所へ酒を飲みに行つた帰途、冬の日も暮れかゝる田甫路をぶら/\来ると、吉田は何故か知らず、動もすれば田の方へ踉蹌けて行く。勿論幾分か酔つてはゐるが、足下の危い程でも無いに兎角に左の方へと行きたがる。おい、田へ落ちるぞ、確乎しろと、叔父は幾たびか注意しても、本人は夢の様、無意識に田の中へ行かうとする。
 其中に、叔父が不図見ると、田を隔てたる…

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