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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
副題119 白紙の恐怖
119 はくしのきょうふ
著者野村 胡堂
文字遣い新字新仮名
底本 「銭形平次捕物控(十二)狐の嫁入」 嶋中文庫、嶋中書店
2005(平成17)年6月20日
初出「オール讀物」文藝春秋社、1941(昭和16)年3月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者noriko saito
公開 / 更新2020-11-16 / 2020-10-28
長さの目安約 28 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



「親分ちょいと――」
 ガラッ八の八五郎は、膝小僧で歩くように、平次のとぐろを巻いている六畳へ入って来ました。
「なんだ八、また、お客様をつれて来たんだろう。今度はなんだえ、若い人のようだが――」
「どうしてそんなことが判るんで? 親分」
「お前の顔にそう書いてあるじゃないか」
「ヘエ――」
 ガラッ八は平手で長い顔をブルブルンと撫で廻すのです。
「平手で面を掻き廻したって、人相が変るものか。馬鹿だなア」
「ヘエー、そんなもんですかねエ」
「庭へ長い影法師が射して、せっかく明神様の森から来た、藪鶯が啼き止んだじゃないか。若くてイキの良い人間が門口に立っていることが解らなくてどうするんだ」
「なるほどね、そう聴くと一向他愛もありませんね。おい、手代さん、遠慮することはねえ、親分は見通しだ、ズッと入って来なさるがいい」
 ガラッ八は表の方へ身体をねじ曲げて、門に立っている人を呼込むのでした。
「それじゃ親分さんは逢って下さるでしょうか」
「逢うも逢わねエもあるものか、俺が承知だ。真っ直ぐに入って来るがいい。ねえ親分、これが本銀町の浅田屋の手代で、幸吉さんというんだが、とにもかくにも、一つ話を聴いてやって下さいよ」
 ガラッ八は平次の引込み思案にものを言わせないように、外に待たした客を呼込むと、万事心得て平次の前へ押しやるのです。
 近ごろ江戸中に響いた平次の名を慕って、流行易者ほど相談事が殺到するのを、お上の御用以外は、梃子でも動くまいとする平次は、その大部分は追っ払いましたが、中にはそれを心得て、女房のお静や子分の八五郎の手を経て、こんな調子に持込むのも少なくなかったのです。
 紛失物を嗅ぎ廻したり、女出入りの仲裁までさせられるのは、平次にしても、有難くはありません。が、どうかするとその愚にもつかぬ相談事の中に、とんでもない事件が孕んでいたりするので、活動家のガラッ八は、いちいちチョッカイを出して、一つでも多くの事件を取込もうとするのです。
「八、何だか知らねエが、ひどく心得ているじゃないか。それほど力瘤を入れるならお前が埒をあけてやったらよかろう」
 平次は少し苦りきります。
「それが、あっしじゃどうしても解らないんで、――一と月も前から首を捻ったり、腕を組んだり、ありったけの智恵を絞り出してみましたがね」
 八五郎の話は相変らず空っとぼけたような、そのくせ精一杯の真剣味がありました。
「親分さん、お願いでございます。私はもう心配で心配で、一日もジッとしてはいられません。お願いでございます」
 八五郎のつれて来た、本銀町浅田屋の手代幸吉という二十三四の若い男は、畳の上に両手を突くのでした。
 小柄で、色が浅黒くて、あまり良い男振りではありませんが、突き詰めた様子や、一生懸命な眼の色に、何か妥協の出来ない正直さを見ると、素気なく追い返しもなりません。
「…

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