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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
副題107 梅吉殺し
107 うめきちごろし
著者野村 胡堂
文字遣い新字新仮名
底本 「銭形平次捕物控(十一)懐ろ鏡」 嶋中文庫、嶋中書店
2005(平成17)年5月20日
初出「オール讀物」文藝春秋社、1940(昭和15)年3月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者noriko saito
公開 / 更新2019-08-07 / 2019-11-23
長さの目安約 30 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



「親分、お願いだ。ちょいとお御輿を上げて下さい」
 八五郎のガラッ八は額際に平掌を泳がせながら入って来ました。
「何を拝んでいるんだ、お御輿は明神様のお祭りが来なきゃ上がらねえよ」
 銭形の平次はおどろく色もありません。裏長屋の狭い庭越しに、梅から桜へ移り行く春の風物を眺めて、ただこうぼんやりと日を暮している、この頃の平次だったのです。
「三河町の殺しの現場へ行ってみましたがね、何しろ若い女が四人も五人もいて、銘々勝手なことを言うから、いつまでせせっていたって、眼鼻は明きませんよ」
 ガラッ八は頸筋を掻いたり、顔中をブルンブルンと撫で廻したり、仕方たくさんに探索の容易ならぬことを呑込ませようとするのです。
「八は男っ振りが良すぎるからだよ。岡っ引は醜男に限るってね」
「そうでもありませんがね。何しろ右から左から、胸倉まで掴んであっしを物蔭へ引張って行って自分の都合のいいことばかり言うんでしょう」
「いい加減にしないかよ、馬鹿だなア」
「へエ――」
「惚気なんか聴いてるんじゃない。サア、案内しな」
「へエ――」
「せっかくお前の手柄にさせようと思ってやったのに、仕様のない奴じゃないか」
 平次は小言を言いながらも、手早く身支度をして、ガラッ八と一緒に外へ出ました。
 まだ三十前といっても、平次とあまり年の違わない八五郎に、一と廉筋の立った手柄をさせて、八丁堀の旦那方に顔をよくした上、手頃な女房でも持たせて、一本立ちの岡っ引にしてやろうという平次の望みが、いつもこういった愚にもつかぬ支障でフイになってしまうのです。
 平次は途々八五郎の説明を聴きました。
「三河町の奈良屋三郎兵衛っていうと、親分も知っている通り、公儀の御用を勤めるたいそうな材木屋だが――金に不自由がなくなると、人間はどうしても放埒になるんだね。お蔭様でこちとらは――」
「無駄を言うな、奈良屋三郎兵衛の放埒がどうしたというのだ」
「放埒は倅の幾太郎の方ですよ。二十六にもなるが、遊びが好きで可愛らしい許嫁があるのに祝言もせずにまだ独り者だ。あんまり羽目を外して、親父の大事なものまで持出し、とうとう座敷牢のように拵えた厳重な囲いの中に打ち込まれていたが、ゆうべその囲いの中で脇差で突っ殺された者があるんで」
「フーム、変った殺しだな」
「ところが、変っているのはその先なんで、囲いの中で殺されていたのは、倅の幾太郎と思いきや」
「思いきやと来たね、お前いつからそんな学者になったんだ」
「へッ、学者はあっしの地ですよ」
「無筆は鍍金だったのか、そいつは知らなかった」
「からかっちゃいけません。とにかく、けさ囲いの中で、人間が殺されているのを見付けたのは下女のお仲、二十五六のこいつは良い年増ですよ」
「無駄が多いね、早く筋を通しな」
「下女のきりょうも筋のうちですよ。ともかく、大騒動になって、血だらけな…

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