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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ |
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作品ID | 56349 |
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副題 | 086 縁結び 086 えんむすび |
著者 | 野村 胡堂 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「銭形平次捕物控(八)お珊文身調べ」 嶋中文庫、嶋中書店 2004(平成16)年12月20日 |
初出 | 「オール讀物」文藝春秋社、1939(昭和14)年3月号 |
入力者 | 特定非営利活動法人はるかぜ |
校正者 | 北川松生 |
公開 / 更新 | 2017-09-27 / 2019-11-23 |
長さの目安 | 約 33 ページ(500字/頁で計算) |
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一
「八、まあそこへ坐れ、今日は真面目な話があるんだ」
「へエ――」
八五郎のガラッ八は、銭形平次の前に、神妙らしく膝小僧を揃えました。
「外じゃねえが、――手前もいつまでも独りじゃあるめえ、いい加減にして世帯を持つ気になっちゃどうだ」
平次は二三服立て続けに吸った煙管をポンと投り出して、八五郎の方へ心持ち身体をねじ向けるのでした。
「へエ――」
「へエ――じゃないよ、相手の選り好みをしているうちに、月代の光沢がよくなってよ、せっかくのいい男が薄汚くなるじゃないか」
「それほどでもねえよ、親分」」
八五郎はそう言いながら、ニヤリニヤリと長い顎を撫でるのです。
「馬鹿野郎、いい男の気でいやがる」
「驚いたね、どうも、叱られているんだか、女房の世話をされているんだか、見当が付かねえ」
「両方だと思え、冗談じゃねえ、手前のお袋はそればかり心配して死んだじゃないか。八の野郎も気はいいが、あの様子じゃ先々が心細い、せめて気立てのいい嫁でも貰ってやって、安心してから死んだ配偶の側へ行きたい――とな、それに手前の叔母さんもそう言っていたよ――」
「親分、貰いますよ、たかが女房でしょう」
「たかが女房――」
「へッ、叔母さんなんかときた日にゃ、猫の子だの嫁だの、生き物を貰うことばかり考えてやがる」
八五郎は少し忌々しく舌鼓などを打ちます。
「死んだ姉の子の手前に、身を堅めさせることばかり考えているんだ、悪く言っちゃ済むめえ」
「だがね、親分、女房を貰うのも悪くねえが、煮豆屋のお勘坊はいけませんよ」
「大層嫌いやがったな、お勘っ子が落胆するぜ」
平次は少しからかい気味です。飛切り真剣な話にも、こんな遊びが入らないと、滑らかな進行をしない二人の間だったのです。
「そんな話なら、あっしは帰りますよ、親分」
「あわてるなよ、八、これから話が本筋に入るんだ、――叔母さんもそう言ったぜ、同じことなら八五郎の気に入ったのがよかろうと、な。よく解った話じゃないか。目を付けた娘がありゃ、今のうちにそう言っておく方がいいぜ、後で実は言い交したのがあるなんざ通用しねえ」
「そんな気障なのがあるものか。親分の前だが、こっちだけで気に入ったのなら、江戸中には五万とあるが――」
「大きく出やがったな、せめて町内だけにしてくれ。江戸中の娘に当っていちゃ、盆前に埒があかねえ」
「町内だって、いい娘が三人や五人はありますよ。もっともあっしなんかに払下げてくれそうなのはたんとはねえが――」
「言ってみな、何事も縁だ」
「縁は異なもの――と来やがる、へッ、へッ、まず黒田五左衛門様の御嬢さん」
ガラッ八は大きな指を無器用らしく折ります。
「馬鹿野郎、相手は八百石取の御旗本の総領娘だ。安岡っ引にくれるかくれないか考えてみろ」
「だから、あっしは嫌だって言ったじゃありませんか、こっちで欲しいのは、なかな…