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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
作品ID56351
副題083 鉄砲汁
083 てっぽうじる
著者野村 胡堂
文字遣い新字新仮名
底本 「銭形平次捕物控(八)お珊文身調べ」 嶋中文庫、嶋中書店
2004(平成16)年12月20日
初出「オール讀物」文藝春秋社、1938(昭和13)年12月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者北川松生
公開 / 更新2019-03-28 / 2019-11-23
長さの目安約 29 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「親分、近頃金の要るようなことはありませんか」
 押詰ったある日、銭形平次のところへノッソリとやって来たガラッ八の八五郎が、いきなり長い顎を撫でながら、こんなことを言うのです。
「何だと? 八」
 平次は自分の耳を疑うような調子で、長火鉢に埋めた顔をあげました。
「へッへッ、へッへッ、そう改まって訊かれると極りが悪いが、実はね、親分、思いも寄らぬ大金が転がり込んだんで」
「大きな事を言やがる。お上の御用を承る者が、手弄みなどしちゃならねえと、あれほどやかましく言っているじゃないか」
「博奕なんかで儲けた金じゃありませんよ、とんでもない」
 ガラッ八は唇を尖らせて、大きく手を振りました。
「それじゃ、富籤か、無尽か、――まさか拾ったんじゃあるまいな」
「そんな気のきかない金じゃありませんよ、全く商法で儲けたんで」
「何? 商法? 手前がかい」
「馬鹿にしちゃいけません、こう見えても算盤の方は大したもので。ね、親分、安い地所でもありませんか、少し買っておいてもいいが――」
「馬鹿野郎、二朱や一分で江戸の地所が買えると思っているのか」
「二朱や一分なら、わざわざ親分の耳には入れませんよ。大晦日が近いから、少しは親分も喜ばしてやりてえ――と」
「何だと?」
「怒っちゃいけませんよ、ね、親分。銭形の親分は交じりっ気のねえ江戸っ子だ。不断は滅法威勢がいいが、宵越しの銭を持ちつけねえ気前だから、暮が近くなると、カラだらしがねえ。さぞ今頃は青息吐息で――」
「止さねえか、八、言い当てられて向っ腹を立てるわけじゃねえが、人の面をマジマジと見ながら、何てエ言い草だ」
 平次も呆気に取られて、腹を立てる張合いもありません。それほど、ガラッ八の調子は、ヌケヌケとしておりました。
「箱根じゃ穴のあいたのを用立てたが、今日のはピカリと来ますぜ。親分、この通り」
 そう言いながらガラッ八は、内懐から抜いた野暮な財布を逆にしごくと、中からゾロリと出たのは、小判が七八枚に、小粒、青銭取交ぜて一と掴みほど。
「野郎、どこからこれを持って来やがった」
 平次はやにわに中腰になると、長火鉢越しに、ガラッ八の胸倉をギューッと押えたのです。
「あ、親分、苦しい。手荒なことをしちゃいけねえ」
「何をッ、この野郎ッ。どこで盗んで来やがった、真っ直ぐに白状しやがれッ」
 平次の拳には、半分冗談にしても、グイグイと力が入ります。
「盗んだは情けねえ、親分、こいつは間違いもなく商法で儲けた金ですよ」
 ガラッ八は大袈裟に後ろ手を突いて、こう弁解を続けました。
「岡っ引に商法があってたまるものか。盗んだんでなきゃ、どこから持って来た、さア言えッ」
「言うよ、言いますよ、――言わなくてどうするものですか、――おう痛え、喉仏がピリピリするじゃありませんか」
「喉仏の二つや三つローズにしたって構うことはねえ、さア…

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