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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ |
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作品ID | 56357 |
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副題 | 104 活き仏 104 いきぼとけ |
著者 | 野村 胡堂 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「銭形平次捕物控(十一)懐ろ鏡」 嶋中文庫、嶋中書店 2005(平成17)年5月20日 |
初出 | 「オール讀物」文藝春秋社、1939(昭和14)年12月号 |
入力者 | 特定非営利活動法人はるかぜ |
校正者 | noriko saito |
公開 / 更新 | 2019-07-05 / 2019-11-23 |
長さの目安 | 約 31 ページ(500字/頁で計算) |
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一
「親分、面白くてたまらないという話を聞かせましょうか」
ガラッ八の八五郎は、膝っ小僧を気にしながら、真四角に坐りました。こんな調子で始めるときは、お小遣をせびるか、平次の智恵の小出しを引出そうとする下心があるに決っております。
「金儲けの話はいけないが、その外の事なら、大概我慢をして聴いてやるよ、惚気なんざいちばんいいね――誰がいったいお前の女房になりたいって言い出したんだ」
銭形平次――江戸開府以来の捕物の名人と言われた銭形平次は、いつもこんな調子でガラッ八の話を受けるのでした。
「そんな気障な話じゃありませんよ。ね、親分」
「少し果し眼になりゃがったな」
「音羽の女殺しの話は聴いたでしょう」
「聴いたよ。お小夜とか言う、良い年増が殺されたんだってね、――商売人上がりで、殺されても不足のねえほど罪を作っているというじゃないか」
二三日前の話でしょう、平次はもうそれを聴いていたのです。
「商売人上がりには違えねえが、雑司ヶ谷名物の鉄心道人の弟子で袈裟を掛けて歩く凄い年増だ。殺されたとたんに紫の雲がおりて来て、通し駕籠で極楽へ行こうという代物だからおどろくでしょう」
「なるほど、話は面白そうだな。もう少し筋を通してみな」
平次もかなり好奇心を動かした様子です。
「鉄心道人のことは、親分も聴いているでしょう」
「大層あらたかな道者だって言うじゃないか。やっぱり法螺の貝を吹いたり、護摩を焚いたりするのかい」
「そんな事はしねえが、説教はする。八宗兼学の大した修業者だが、この世の欲を絶って、小さい庵室に籠り、若い弟子の鉄童と一緒に、朝夕お経ばかり読んでいる」
「で?」
「それで暮しになるから不思議じゃありませんか。ね、親分」
「…………」
平次は黙ってその先を促しました。合槌を打つとどこまで脱線するかわかりません。
「もっとも信心の衆は、加持祈祷をして貰ったと言っちゃ金を持って行く。が、鉄心道人はどうしても受取らねえ。罰の当った話で」
「そう言う手前の方がよっぽど罰当りだ」
「米や味噌や、季節の青物は取るそうだからまず命には別条ない――」
「それからどうした」
八五郎の話のテンポの遅さにじれて、平次はやけに吐月峰を叩きました。
「だから、音羽から雑司ヶ谷目白へかけての信心は大変なものですよ。あの辺へ行ってうっかり鉄心道人の悪口でも言おうものなら、請合い袋叩きにされる」
「で――」
「お小夜の殺された話は、鉄心道人の事から話さなくちゃ筋が通りませんよ。何しろ、明日という日は鉄心道人の庵室へ乗り込んで、朝夕の世話をすることになっていた女ですからねエ」
「梵妻になるつもりだったのかい」
「とんでもない。鉄心道人の教えでは、女犯は何よりの禁物で、雌猫も側へは寄せない」
「お小夜は雄猫と間違えられた」
「冗談じゃない、――多勢の弟子の中から選ばれて、道人の側…