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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
作品ID56358
副題108 ガラッ八手柄話
108 ガラッぱちてがらばなし
著者野村 胡堂
文字遣い新字新仮名
底本 「銭形平次捕物控(十一)懐ろ鏡」 嶋中文庫、嶋中書店
2005(平成17)年5月20日
初出「オール讀物」文藝春秋社、1940(昭和15)年4月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者noriko saito
公開 / 更新2019-08-18 / 2019-11-23
長さの目安約 22 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「ね、親分、こいつは珍しいでしょう」
 ガラッ八の八五郎は、旋風のように飛込んで来ると、いきなり自分の鼻を撫で上げるのでした。
「珍しいとも、そんなキクラゲのような鼻は、江戸中にもたんとはねエ」
 銭形平次は、縁側に寝そべったまま、その消えた煙管を頬に当てて、真珠色の早春の空を眺めながら、うつらうつらとしていたのです。
「あっしの鼻じゃありませんよ。ね、親分、三つになる子供が身投げをしたんですぜ。こいつが珍しくなかった日にゃ――」
「待ってくれ八、三つになる子供が身投げした日にゃ、五つくらいになると腹を切るぜ」
「親分、冗談じゃありませんよ。本銀町の藤屋の倅で、万吉という三つの子が、ゆうべ裏の井戸へ落ちて死んだんですよ。町内の噂を聴いて、今朝ちょいと覗いてみると、井戸側の高さは二尺くらい、子供の首ったけあるんだから、間違って落っこったとは言えませんよ」
「なるほどそいつは少し変だな。踏台でもなかったのか」
「踏台も梯子もないから不思議なんで」
「どこの世界に井戸側へ梯子をかけて身投げをする子供があるものか」
「だから変じゃありませんか、ね親分、ちょいと御神輿をあげて――」
 早耳のガラッ八は、変な臭いを嗅ぐと、親分の平次を駆り出しに来たのです。
「そいつは御免を蒙ろう。今日は少し血の道が起きているんだ」
「ヘエー、そいつは知らなかった。裏で張物をしているようだったが」
 ガラッ八はここへ飛込むときチラリと目に留まった、姐さん被りの甲斐甲斐しいお静の姿を思い出したのです。
「血の道はお静じゃない、俺だよ」
「ヘエー親分が、血の道をね?」
「眩暈がして、胸が悪くて、無闇に腹が立って――」
「そいつは二日酔じゃありませんか」
「男の二日酔は血の道さ。今日は一日金持の隠居のように、暢気な心持でいたいよ。お前が一人で埒をあけて来るがいい。赤ん坊が井戸に落っこったくらいのことで、八五郎兄哥を働かせちゃ済まねえが、万両分限の一と粒種が変な死に様をしたのなら、思いのほか奥行のあることかも知れないよ」
「ヘエ――」
「何をぼんやりしているんだ、早く行ってみるがいい。あ、それから、子供が井戸へ落ちたのを誰がどうして見付けたか。見付ける前に水を汲まなかったか。水を汲んだら、それを呑んだ奴と呑まない奴とを調べるんだ。いいか、八」
 平次はこの事件だけでもせめて八五郎の手柄にしてやろうと思うのでしょう。不精らしく寝そべったまま、注意だけは恐ろしく細かいところまで行届きます。
「なるほどね、子供を投げ込んだ野郎は、当分その水を呑む気にはなるめえ。さすがは親分だ。うめえところへ気が付く」
「何を独り言を言っているんだ。門口でモジモジやっていると、乞食坊主と間違えられて、犬を嗾けられるぞ」
「…………」
 ガラッ八の八五郎は、ともかく本銀町まで飛びました。御金御用達の藤屋万兵衛は、竜…

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