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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
作品ID56362
副題090 禁制の賦
090 きんせいのふ
著者野村 胡堂
文字遣い新字新仮名
底本 「銭形平次捕物控(十)金色の処女」 嶋中文庫、嶋中書店
2005(平成17)年2月20日
初出「オール讀物」文藝春秋社、1939(昭和14)年7月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者結城宏
公開 / 更新2019-04-04 / 2019-11-08
長さの目安約 27 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 笛の名人春日藤左衛門は、分別盛りの顔を曇らせて、高々と腕を拱きました。
「お師匠、このお願いは無理でしょうが、亡くなった父一色清五郎から、お師匠に預けた禁制の賦、あれを吹けば、人の命に拘わるという言い伝えのあることも悉く存じておりますが、お師匠の許を離れる、この私への餞別に、たった一度、ここで聴かして下さるわけには参りませんでしょうか」
 一色友衛は折入って両手を畳に突いて、こう深々と言い進むのです。春日藤左衛門にとっては、朋輩でもあり、競争者でもあった一色清五郎の忘れ形見、一時は酒と女に身を持ち崩しましたが、近頃はすっかり志を改めて、芸道熱心に精進し、今度はいよいよ師匠藤左衛門の許を離れて、覚束ないながらも一家を興そうとしている男でした。とって二十七、少し虚弱で弱気ですが、笛の方はなかなかの腕前で、もう一人の内弟子の、鳩谷小八郎と、いずれとも言われないと噂されました。
「いちいち尤も、お前の言葉に少しの無理もない。が、『禁制の賦』は三代前の一色家の主人、一色宗六という方が、『寝鳥』から編んだ世にも怪奇な曲で、あれを作って間もなく狂死したといわれる。その後あの曲を奏するごとに、人智の及ばぬ異変があり、お前の父親一色清五郎殿が、厳重な封をしてこの私に預けたのだ。流儀の奥伝秘事、悉くお前に伝えた上は、あの『禁制の秘曲』も還してもよいようなものだが、なんといっても、まだ三十前の若さでは、万一の過ちがあっては取返しがつかぬ。決してあの曲を惜しむわけではない、せめてあと三年待つがよかろうと思うがどうだ」
 春日藤左衛門は道理を尽して、こう言うのです。
「よく判りました、お師匠。でも、私のような若い者には、笛を吹いて祟りがあるということは受け取れません。それはほんの廻り合せか、吹く人の心構えの狂いから起った間違いでございましょう。それに私は自分の未熟もよく存じております、『禁制の秘曲』をこの私に渡してくれというような、そんな大それた事は申しません。たった一度で宜しゅうございます。後学のために、お師匠の許を去るこの私に、一色家に伝わる秘曲を、吹いて聴かして下さればそれで堪能するのでございます」
「…………」
 藤左衛門は口を緘んで友衛の後の言葉を待ちました。
「禁制の曲に魔がさすというのは、夜分人に隠れて、そっと吹くからでございましょう。一日中で一番陽気の旺んな時、例えば正午の刻(十二時)といった時、四方を開け放ち、皆様を銘々のお部屋に入れ、火の元の用心までも厳重に見張って、心静かに奏したなら、鬼神といえども乗ずる隙がないことでしょう」
 一色友衛は、芸道の執心のために、どんな犠牲でも忍び兼ねない様子でした。
「いかにも尤も、――それほどまでに言うなら、この秘曲の封を解いて、お前にも聴かせ、この私も心の修業としよう」
 春日藤左衛門はとうとう折れました。この話の始…

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