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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
作品ID56366
副題097 許嫁の死
097 いいなずけのし
著者野村 胡堂
文字遣い新字新仮名
底本 「銭形平次捕物控(十)金色の処女」 嶋中文庫、嶋中書店
2005(平成17)年2月20日
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者結城宏
公開 / 更新2019-04-24 / 2019-11-23
長さの目安約 25 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「親分、小柳町の伊丹屋の若旦那が来ましたぜ、何か大変な事があるんですって」
「恐ろしく早いじゃないか、待たしておけ」
「ヘエ――」
 平次は八五郎を追いやるように、ガブガブと嗽をしました。
 美しい朝です。鼻の先がつかえる狭い路地の中へも、金粉を撒き散らしたような光が一パイに射して、初夏の爽やかさが、袖にも襟にも香りそう。耳を澄ますと明神の森のあたりで、小鳥が朝の営みにいそしむ囀りが聞えます。
 こんな快適な朝――起き抜けの平次を待ち構えているのは、一体どんな仕事でしょう。血腥い事件の予感に、平次はちょっと憂鬱になりましたが、すぐ気を変えて、ぞんざいに顔を洗うと、鬢を撫で付けながら家へ入って行きました。
「親分、た、大変なことになりました」
 伊丹屋の大身代を継いだばかり、まだ若旦那で通っている駒次郎は、平次の顔を見ると、上がり框から起ち上がりました。少し華奢な、背の高い男です。
「駒次郎さんかい、――どうなすったえ?」
 万両分限の地主の子に生れた駒次郎は、この春伊丹屋の主人になって、尤もらしい尾鰭を加えたにしても、平次の眼にはまだ道楽者の若旦那でしかなかったのです。
「皆んな、隠せるものなら隠す方がいいって言いますが、私はあんまり口惜しいから、親分の力を借りて、下手人を見付け、二度とそんな事のないようにしてやりたいと思います」
 駒次郎は、女の子のように、少ししなを作ってお辞儀をしました。色の白さも、襟の青さも、裾を引く単衣の長さも、そのまま芝居に出て来る二枚目です。
「隠すの、下手人の――って、一体それは、どんな事で?」
「親分、聞いて下さい。昨夜向柳原の十三屋のお曾与が殺されましたよ」
「えッ」
「母親と一緒に風呂へ行った帰り、――一と足先に帰って来たところを路地の中で絞められて――」
「それを隠しておく法はない、誰がそんな事を言い出したんだ」
「私の家の番頭達が言い出し、十三屋へは金をやって、うやむやにするつもりでした」
 平次も驚きました。向柳原の名物娘が一人、絞め殺されて死んだのを、うやむやに葬るというのは、あまりと言えばわけが解らなさすぎます。
「十三屋のお曾与は、お前さんところへ嫁入りするはずだったじゃないか」
 十三屋の文吉が、娘のお曾与を伊丹屋に嫁入りさせることになった話は、平次の耳にもよく聞えていたのです。
「そうですよ、祝言は三日の後――この二十五日ということになっていました」
 駒次郎はいかにも口惜しそうです。
「なるほど、そいつは気の毒だ」
「番頭や親類が集まって、――こんな噂がパッと立って、万一呼売の瓦版にでも刷られたら、伊丹屋の暖簾に疵が付く、それよりは金で済むことなら、十三屋へ金をやって、内々にするがいいと、こう言います」
「無法な人達だな」
「でも私は口惜しくて口惜しくてたまりません。嫁を貰うのをいちいち怨まれちゃ…

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