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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
作品ID56368
副題101 お秀の父
101 おひでのちち
著者野村 胡堂
文字遣い新字新仮名
底本 「銭形平次捕物控(十一)懐ろ鏡」 嶋中文庫、嶋中書店
2005(平成17)年5月20日
初出「オール讀物」文藝春秋社、1939(昭和14)年9月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者noriko saito
公開 / 更新2019-06-04 / 2019-11-08
長さの目安約 26 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 ガラッ八の八五郎が、両国の水茶屋朝野屋の様子を、三日つづけて見張っておりました。
「近頃変なのがウロウロして、何を仕掛けられるか気味が悪くてかなわないから御用のひまなとき、八五郎親分でもときどき覗かして下さいな――」
 朝野屋の名物娘お秀が、人に反対や遠慮をさせたことのない、圧倒的な調子でこう平次に頼んで行ってからのことでした。
 そのころお秀は二十六の年増盛り、啖呵がきれて、小股が締って、白粉が嫌いで、茶碗酒が好きで、両国きっての評判者。その親父の留助は、酒の好きなところだけが娘に似ているといった、店番に生れ付いたような、平凡そのものの六十男でした。
 茶汲み女は三人、小体な暮しですが、銅壺に往来の人間の顔が映ろうという綺麗事に客を呼んで横網に貸家が三軒と、洒落た住宅まで建てる勢いだったのです。
 九月のよく晴れた日の夕暮。
「あッ、お前さん、銭箱なんか覗いて、何をするんだい」
 お秀は土間に飛び降りると、木綿物の袷に、赤い麻の葉の帯をしめた十七八の娘の袖を掴んでグイと引きました。
「何にもしませんよ」
 極端に脅えて、おどおどする娘は、これも白粉っ気のない、不思議に清純な感じのする――お秀とは違った世界に住む種類の人間でした。
「何にもしないことがあるものか、若い娘の癖に、銭箱なんか覗いたりして、この中にはからくりも品玉もありゃしないよ、――あ、八五郎親分、ちょうどよいところでした。この娘を縛って行っていきなり二三束引っ叩いてみて下さいよ。泥を吐かなかったら、お詫びをしますから、さ」
 お秀は娘の肩を掴んで、ガラッ八の方に押しやるのです。
「泥鰌みたいなことを言うなよ、可哀想に娘は泣いてるじゃないか」
 八五郎はノッソリと店先へ入って来て、張りきったお秀の顔と、シクシク泣いている、貧しそうな娘の顔を見比べております。
「泣くのは術ですよ。冗談じゃない、早くなんとかしなきゃ、人立ちがするじゃありませんか。――この間から変なことばかり続くと思ったら、やはり物盗りだったのねエ」
 お秀の片頬には、意地の悪そうな――そのくせ滅法魅力的な冷笑が浮ぶのでした。
「どうにも仕様がないじゃないか、銭箱を覗いたって、小判が蛙に化けるわけじゃあるめえ。人間気の持ちようじゃ、銭箱も雪隠も覗くだろうじゃないか。それだけの事で人一人縛るわけには行かねえよ」
 八五郎はこんな事を言いながら、なんとかして娘を逃がしてやりたい心持になっているのでした。お秀ののしかかって来る年増美の鬱陶しさに比べて、この娘はまたなんという素朴な存在でしょう。
「本当に頼み甲斐のない人ねえ。そんな事じゃ用心棒の足しにもならないじゃありませんか、チェッ」
 お秀は大舌打を一つ、八五郎を掻きのけて、娘の胸倉を掴みそうな見幕です。
 その頃の下っ引などの中には、季時節の心付けを貰って、水商売の用心棒を兼…

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