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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
作品ID56369
副題120 六軒長屋
120 ろっけんながや
著者野村 胡堂
文字遣い新字新仮名
底本 「銭形平次捕物控(十二)狐の嫁入」 嶋中文庫、嶋中書店
2005(平成17)年6月20日
初出「オール讀物」文藝春秋社、1941(昭和16)年4月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者noriko saito
公開 / 更新2020-11-26 / 2020-10-28
長さの目安約 27 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 本郷菊坂の六軒長屋――袋路地のいちばん奥の左側に住んでいる、烏婆アのお六が、その日の朝、無惨な死骸になって発見されたのです。
 見付けたのは、人もあろうに、隣に住んでいる大工の金五郎の娘お美乃。親孝行で綺麗で、掃溜に鶴の降りたような清純な感じのするのが、幾日か滞った日済しの金――といっても、緡に差した鳥目を二本、袂で隠してそっと裏口から覗くと、開けっ放したままの見通しの次の間に、人相のよくない烏婆アが、手拭で縊り殺されて、凄まじくも引っくり返っていたのです。
「あッ、大変、――誰か、来て下さい」
 お美乃は思わず悲鳴をあげました。確り者といっても、とってたった十八の娘が、不意に鼻の先へ眼を剥いた白髪っ首を突き付けられたのですから、驚いたのも無理はありません。
「なんだえ、お美乃さんじゃないか」
 真っ先に応えてくれたのは、一間半ばかりの路地を距てて筋向うに住んでいる、鋳掛屋の岩吉でした。五十二三の世をも人をも諦めたような独り者で、これから鋳掛道具を引っ担いで出かけようというところへ、この悲鳴を聴かされたのです。
「鋳掛屋の小父さん、た、大変ですよ」
「どこだい、お美乃さん」
 お六婆アの家の表は、まだ厳重に締っているので、岩吉はお美乃の声がどこから聴えて来たか、ちょっと迷った様子です。
「お六小母さんが――」
「婆さんがどうしたというんだ」
 岩吉は枳殻垣と建物の間を狭く抜けて、お六婆アの家の裏口へ廻って仰天しました。
「小父さん、どうしましょう」
「どうもこうもあるものか、長屋中へ触れてくれ。それから、医者にそう言うんだ」
 岩吉はそう言いながら、裏口の柱につかまって、ガタガタ顫えております。中へ入って死骸の始末をすることも、死骸の側を通り抜けて、表戸を開けてやることなども、この中老人は出来そうもありません。
 そのうちに、壁隣にいるお美乃の父親――大工の金五郎も飛んで来ました。二日酔いらしい景気の悪い顔ですが、これはさすがに威勢の良い男で、
「早く介抱してやるがいい。絞められたくらいで往生するような婆アじゃあるめエ」
 いきなり死骸を抱き起こしましたが、石っころのように冷たくなって、もはや命の余燼も残っていそうもありません。
「こいつはいけねエ」
 金五郎は死骸を置いて表戸を開けると、そこには、岩吉の隣に住んでいる日傭取の与八と女房のお石が、叱られた駄々っ児のような、脅えきった顔を並べて立っているのでした。
 最後に金五郎の隣――与八夫婦の向うに住んでいる按摩佐の市の母親も出て来ました。眼の見えない佐の市を除けば、これで長屋総出になったわけですが、脅えた顔を揃えて、わけの解らぬことを囁き合うだけで、何の足しにもなりません。
「何が始まったんだ。大変な騒ぎじゃないか」
 木戸の外から声を掛けて、若い男が入って来ました。六軒長屋のすぐ外――表通りに住…

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