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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
副題126 辻斬
126 つじぎり
著者野村 胡堂
文字遣い新字新仮名
底本 「銭形平次捕物控(十三)青い帯」 嶋中文庫、嶋中書店
2005(平成17)年7月20日
初出「オール讀物」文藝春秋社、1941(昭和16)年10月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者noriko saito
公開 / 更新2019-10-05 / 2019-09-27
長さの目安約 23 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



「八、厄介なことになったぜ」
 銭形の平次は八丁堀の組屋敷から帰って来ると、鼻の下を長くして待っている八五郎に、いきなりこんなことを言うのです。
「何かお小言ですかえ、親分」
「それならいいが、笹野の旦那が折入っての頼みというのは、――近ごろ御府内を荒らし廻る辻斬を捉えるか、せめて正体を突き止めろというのだ」
「へッ、へエ――」
 ガラッ八の八五郎さすがに胆を潰したものか、固唾が喉に引っ掛って、二度に感嘆しました。
「笹野の旦那はこうおっしゃるのだよ――この夏あたりから噂は聴いていたが、三日に一人、五日に二人罪のない人間がお膝元の江戸で、人参牛蒡のように斬られるのは捨ておき難い。いずれ腕自慢が高じての悪業であろうが、近頃は斬った死体の懐中物まで抜くというではないか。このうえ知らぬ顔をしては、御政道の瑕瑾と相成る。御家中若年寄方にもことごとく御心痛で、町方へ強っての御言葉があった――ということだ」
「へエ――大したことになりましたね、親分」
 それは全く大したことでした。
 この夏あたりから始まった辻斬騒ぎ、最初は新刀の切れ味を試す心算でやったのでしょうが、二度三度と重なると、次第に悪魔的な興味が高じて、神田一円に九段から両国まで荒らし廻る辻斬の狂暴さは、さすがに幕府の老臣方の目にも余ったのです。
 旗本の次男三男、諸藩のお留守居、腕に覚えの浪人者など、辻斬退治に出かける向きもありましたが、相手はそれに輪をかけた凄腕で、いずれも一刀両断にしてやられるか、運よくて、這々の体で逃げ帰るのが関の山でした。
 秋に入ると、辻斬の狂暴さは一段と拍車をかけました。最初は武家ばかり狙いましたが、後には百姓町人の見境がなくなり、ついには斬った死骸の懐中を捜って、紙入、胴巻を抜き取るような浅ましい所業をするようになったのです。
「どうだ八、辻斬退治をする気はないか。こいつは十手捕縄の晴れだぜ。腕自慢のお武家が門並持て余した相手だ」
 平次も緊張しきっております。
「付合いが悪いようだが、あの辻斬野郎を相手にするくらいなら、あっしは大江山の鬼退治に繰り出しますよ。――素知らぬ顔をして、摺れ違いざまに、えッ、やッと来るでしょう。気がついてみたら首がなくなっていたなんて、どうも虫が好かねエ」
「何をつまらねエ」
「そいつは強い武者修行か何かに頼もうじゃありませんか。岩見重太郎てな豪勢なのがおりますよ」
「止さないか、八」
「へエ――」
「怖きゃ止すがいい」
「へッ」
「八五郎が腰を抜かしゃ、俺が一人でやるだけのことだ。笹野の旦那のお言葉がなくたって、町人百姓の差別なく、ザクザク斬って歩く野郎を、放っちゃおけめえ。今まで無事でいたのは、悪運が強かったんだ」
 平次はいつになく昂然として胸を張るのです。
「親分」
 ガラッ八は膝っ小僧を揃えてニジリ寄りました。
「なんだ?」
「あっ…

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