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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
作品ID56382
副題098 紅筆願文
098 べにふでがんもん
著者野村 胡堂
文字遣い新字新仮名
底本 「銭形平次捕物控(十)金色の処女」 嶋中文庫、嶋中書店
2005(平成17)年2月20日
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者結城宏
公開 / 更新2019-05-04 / 2019-11-23
長さの目安約 26 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「御免」
 少し職業的に落着き払った声、銭形平次はそれを聞くと、脱いでいた肌を入れて、八五郎のガラッ八に目くばせしました。あいにく今日は取次に出てくれる、女房のお静がいなかったのです。
「ヘッ、あの声は臍から出る声だね」
 ガラッ八は頸を竦めて、ペロリと舌を出しました。
「無駄を言わずに取次いでくれ」
「当てっこをしましょうや、――年恰好、身分身装」
「馬鹿だなア」
「まず、お国侍、五十前後の浅黄裏かな」
 ガラッ八は尤もらしく頸を捻ります。
「訛がないぜ、――それに世馴れた調子だ――まず大家の用人というところかな」
 平次もツイ釣られます。
「御免」
 もう一度、錆のある素晴らしい次低音が、奥のひそひそ話を叱るように響きました。
「それ、お腹立ちだ。言わないことじゃない」
 ガラッ八は月代を薬指で掻いて、もう一度ペロリと舌を出しながら、入口の方へ飛んで行きます。
「仔細あって、主人御名前の儀は御免蒙るが、拙者は石川孫三郎と申す者。平次殿にお願いがあって罷り越した、ほんのちょっと逢って頂きたい」
 少し横柄ですが、ハキハキと物を運び馴れた調子です。
「お聞きの通りだ、親分、――この賭は口惜しいが親分の勝さ、四十五六の型へ入れて抜いたような御用人だ。逢いますか、親分」
 ガラッ八はモモンガアみたいな手付きをして見せます。
「御武家は苦手だが、折角こんな所へ来て下さったんだ、とにかくお目に掛るとしよう。こちらへ丁寧にお通し申すんだ」
「お家の重宝友切丸か何か紛失したんだろう、むつかしい顔をしているぜ、親分」
「無駄を言うな」
「ヘエ――」
 ガラッ八はようやく客を導いて来ました。前ぶれ通り、存分に野暮ったい四十五六の武家、羽織の紐を観世縒で括って、山の入った袴、折目高の羽織が、少し羊羹色になっていようという、典型的な御用人です。
「これは、高名なる平次殿でござるか。拙者は石川孫三郎と申す、以後御見識りおきを願いたい」
 肩肘を張って、真四角にお辞儀をします。
「ヘエ、恐れ入ります。私は平次でございます。どうぞ、お手をおあげ下さいまし」
 平次はすっかり恐縮してしまいました。どうも一番あつかいにくい種類のお客様です。
「早速ながら、用件を申上げるが、実は平次殿、お家にとって容易ならぬ事が起ったのじゃ。何とか力を貸しては下さるまいかの」
 武家は折入った姿ですが、平次は何かしら釈然としないものがあります。
「どのような事か存じませんが、私は町方の御用を承っているもので、御歴々の御屋敷の中に起ったことへは、口をきくわけには参りませんが、ヘエ」
 体よく敬遠するつもりでしょう、平次は紙袋を冠った猫の子のように尻ごみをしております。
「御尤も千万、だが、――平次殿に乗出して頂こうというわけではない。ほんの少しばかり、智恵を拝借すればよいのじゃ」
「ヘエ――」
「実は…

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