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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
副題103 巨盗還る
103 きょとうかえる
著者野村 胡堂
文字遣い新字新仮名
底本 「銭形平次捕物控(十一)懐ろ鏡」 嶋中文庫、嶋中書店
2005(平成17)年5月20日
初出「オール讀物」文藝春秋社、1939(昭和14)年11月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者noriko saito
公開 / 更新2019-06-24 / 2019-05-28
長さの目安約 31 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



「親分の前だが、この頃のように暇じゃやりきれないね、ア、ア、ア、ア」
 ガラッ八の八五郎は思わず大きな欠伸をしましたが、親分の平次が睨んでいるのを見ると、あわてて欠伸の尻尾に節をつけたものです。
「馬鹿野郎、欠伸に節をつけたって、三味線には乗らないよ」
「三味線には乗らないが、その代り法螺の貝に乗る」
「呆れた野郎だ、山伏の祈祷をめりやすと間違えてやがる」
 平次は大きな舌打をしましたが、小言ほど顔が苦りきってはおりません。
「全く退屈じゃありませんか、ね親分。こんな古渡りの退屈を喰っちゃ、御用聞は腕が鈍るばかりだ。なんかこう胸へドキンと来るような事はないものでしょうか」
「御用聞が暇で困るのは、世の中が無事な証拠さ。それほど退屈なら、跣足で庭へ降りて、水でも汲むがいい、土が冷えていてとんだ佳い心持だぜ」
 銭形平次は相変らず、世話甲斐のない、植木の世話に余念もなかったのです。――秋の陽は向うの屋根に落ちかけて、赤蜻蛉がわずかばかり見える空を、スイスイと飛び交わす時分、女房のお静はもう晩飯の仕度に取りかかった様子で、姐さん被りにした白い手拭が、お勝手から井戸端の間を、心せわしく往復している様子です。
「せっかくのお言葉だが、あっしが世話をすると、植木がみんな枯れっちまいますよ」
 ガラッ八は良心に愧じる様子もなく、つづけざまにお先煙草をくゆらして、貧乏ゆるぎをする風もありません。
「いい心掛けだ。――その気だからだんだん縁遠くなる」
「へッ、――縁遠くなる――と来たね。驚いたね、どうも」
 八五郎はニヤリニヤリと顎を撫でております。
「先刻から、退屈を売物にしているようだが、いったい何か言いたい事でもあるのかい。物に遠慮のある性質でもあるめえ。用事があるなら、さっさと言ってしまったらどうだ」
「えらいッ、さすがは銭形の親分。天地見通しだ」
「馬鹿だなア」
「ね、親分、聞いたでしょう。麹町六丁目の娘殺し」
「聴いたよ。桜屋の評判娘がゆうべ人手に掛って死んだってね。――けさ八丁堀の組屋敷へ行くとその噂で持ちきりだ」
「虐たらしい殺しでしたよ。どんな怨みがあるか知らないが、十九になったばかりの小町娘――上新粉で拵えて色を差したような娘を、鉈や鉞で殺していいものか悪いものか――」
「待ちなよ八。口惜しがるのはお前の勝手だが、煙管の雁首で万年青の鉢を引っ叩かれちゃ、万年青も煙管も台なしだ」
「だって口惜しいじゃありませんか、親分。若くて綺麗な娘は、天からの授かりものだ。それを腐った西瓜のように叩き割られちゃ――」
「解ったよ八、殺した野郎が重々悪いに異存はないが、俺を引っ張り出そうたって、そいつはいけねえよ。あの辺は十三丁目の重三の縄張だ、勝手に飛び込んで掻き廻しちゃ悪い」
 平次は大きく手を振りました。そうでなくてさえ、この二三年江戸の捕物は銭形平次一人手柄で…

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