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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
副題099 お篠姉妹
099 おしのしまい
著者野村 胡堂
文字遣い新字新仮名
底本 「銭形平次捕物控(十)金色の処女」 嶋中文庫、嶋中書店
2005(平成17)年2月20日
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者結城宏
公開 / 更新2019-05-14 / 2019-11-08
長さの目安約 27 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



 話はガラッ八の八五郎から始まります。
「あら親分」
「…………」
「八五郎親分」
 素晴らしい次高音を浴びせられて、八五郎は悠揚として足を止めました。粋な単衣を七三に端折って、懐中の十手は少しばかり突っ張りますが、夕風に胸毛を吹かせた男前は、我ながら路地のドブ板を、橋がかりに見たてたいくらいのものです。
「俺かい」
 振り返るとパッと咲いたような美女が一人、嫣然として八五郎の鼻を迎えました。
「八五郎親分は、江戸にたった一人じゃありませんか」
「お前は誰だい」
「随分ねエ」
 女はちょいと打つ真似をしました。見てくれは二十二三ですが、もう少しヒネているかもわかりません。自棄な櫛巻にした多い毛にも、わざと白粉を嫌った真珠色の素顔にも、野暮を売物にした木綿の単衣にも、包み切れない魅力が、夕映えと一緒に街中に拡がるような女でした。
「見たような顔だが、どうも思い出せねえ。名乗ってみな」
「まア、大層なせりふねエ、――遠からん者は音にも聞け、と言いたいけれど、実はそんな大袈裟なんじゃありませんよ、――両国の篠をお忘れになって、八五郎親分」
 女は少しばかりしなを作って見せます。
「何だ、水茶屋のお篠か、白粉っ気がなくなるから、お見逸れ申すじゃないか」
「まア、私、そんなに厚塗りだったかしら?」
 お篠はそんな事を言いながら、自分の頬へちょっと触って見せたりするのです。笑うと八重歯が少し見えて、滅法可愛らしくなるくせに、真面目な顔をすると、屹とした凄味が抜身のように人に迫るたちの女でした。
「赤前垂を取払うと、すっかり女が変るな。一年近く見えないが、身でも固めたのかい」
「とんでもない、私なんかを拾ってくれ手があるものですか」
「そうじゃあるめえ、事と次第じゃ、俺も拾い手になりてえぐれえのものだ」
「まア、親分」
 お篠の手がまた大きく夕空に弧を描くのです。
「ところで何か用事があるのかい」
「大ありよ、親分」
「押かけ女房の口なら御免だが、他の事ならてえげえ相談に乗ってやるよ、ことに金のことなどと来た日にゃ――」
「生憎ねえ。親分、金は小判というものをうんと持っているけれど、亭主になり手がなくて困っているところなの」
「ふざけちゃいけねえ」
「ね、八五郎親分、掛合噺はまた来年の春にでもゆっくり伺うとして、本当に真剣に聴いて下さらない?」
「大層またあらたまりやがったな」
「私本当に困ったことがあるのよ、八五郎親分」
「あんまり困ったような顔じゃないぜ、何がどうしたんだ」
 ガラッ八も引込まれるともなく、少しばかり真面目になりました。
「親分は私の妹を御存じねエ」
「知ってるとも、お秋とか言ったね、お前よりは二つ三つ若くて、お前よりも綺麗だった――」
「まア、御挨拶ねエ」
「その妹がどうしたんだ」
「両国の水茶屋を仕舞った時の借りがあったので、私と別々に奉公し…

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