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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ |
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作品ID | 56388 |
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副題 | 144 茶碗割り 144 ちゃわんわり |
著者 | 野村 胡堂 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「銭形平次捕物控(十五)茶碗割り」 嶋中文庫、嶋中書店 2005(平成17)年9月20日 |
初出 | 「オール讀物」文藝春秋社、1943(昭和18)年5月号 |
入力者 | 特定非営利活動法人はるかぜ |
校正者 | 結城宏 |
公開 / 更新 | 2020-01-08 / 2019-12-27 |
長さの目安 | 約 21 ページ(500字/頁で計算) |
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一
「親分、ちと出かけちゃどうです。花は盛りだし、天気はよし」
「その上、金がありゃ申分はないがね」
誘いに来たガラッ八の八五郎をからかいながら相変らず植木の新芽をいつくしむ銭形の平次だったのです。
「実はね、親分。巣鴨の大百姓で、高利の金まで貸し、万両分限と言われた井筒屋重兵衛が十日前に死んだが、葬い万端すんだ後で、その死にようが怪しいから、再度のお調べを願いたいと、執拗く投げ文のあるのを御存じですかい」
八五郎は妙な方へ話を持って行きました。
「知ってるよ、それで巣鴨へ花見に行こうというんだろう。向島か飛鳥山なら花見も洒落ているが、巣鴨の田圃で蓮華草を摘むなんざ、こちとらの柄にないぜ、八」
「交ぜっ返しちゃいけません。花見は追って懐ろ加減のいい時として、ともかく巣鴨へ行ってみようじゃありませんか。井筒屋重兵衛の死にようが、あんまり変っているから、こいつは唯事じゃありませんよ、親分」
「大丈夫か、八。この間も大久保まで一日がかりで行って、狐憑きに馬鹿にされて帰ったじゃないか」
鼻の良い八五郎は、江戸中の噂の種の中から、いろいろの事件を嗅ぎ出して来ては、銭形平次の活動の舞台を作ってくれるのでした。
その中にはずいぶん見当外れの馬鹿な事件もありますが、十に一つ、どうかすると、三つに一つくらい、面白い事件がないでもありません。
「こんどのは大丈夫ですよ」
平次はとうとう神輿をあげました。神田から巣鴨まで、決して近い道ではありませんが、道々ガラッ八の話は、平次の退屈病を吹き飛ばしてくれます。
「金が出来て暇で暇で仕様がなくなると、人間はろくでもない事を考えるんですね」
ガラッ八の話はそんな調子で始まりました。
「お前なら差向き食物の事を考えるだろうよ。大福餅の荒れ食いなんか人聞きが悪いから、金が出来ても、あれだけは止すがいいぜ、八」
「井筒屋重兵衛は疝癪で溜飲持だ。気の毒だが金に不自由はなくなっても大福餅には縁がありませんよ――浅ましいことに重兵衛は骨董に凝り始めた」
「ヘエー、そいつが大福餅の暴れ食いよりも浅ましいのか」
「貧乏人から絞った金で、書画骨董――わけてもお茶道具に凝り始めるなんざ、良い料簡じゃありませんよ」
「それがどうしたというのだ」
平次は次を促しました。ガラッ八の哲学に取り合っていると、巣鴨まで辿り着くうちに、話の底が乾きそうもありません。
「百両の茶碗、五十両の茶入。こいつは何とかいう坊さんがのたくらせた蚯蚓で、こいつは天竺から渡った水差しだと、独りで悦に入っているうちはよかったが、――人の怨みは怖いね、親分」
「茶碗が化けて出たのか」
「その百両の茶碗、五十両の茶入というエテ物を、片っ端から叩き壊した奴があるんですよ」
ガラッ八の話は飛躍的でした。事件があまりに常識をカケ離れているせいです。
「そいつは何のお禁呪だ」
「盗…