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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
作品ID56390
副題142 権八の罪
142 ごんぱちのつみ
著者野村 胡堂
文字遣い新字新仮名
底本 「銭形平次捕物控(十五)茶碗割り」 嶋中文庫、嶋中書店
2005(平成17)年9月20日
初出「オール讀物」文藝春秋社、1943(昭和18)年3月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者結城宏
公開 / 更新2019-12-15 / 2019-11-24
長さの目安約 22 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「八、居るか」
 向柳原の叔母さんの二階に、独り者の気楽な朝寝をしている八五郎は、往来から声を掛けられて、ガバと飛起きました。
 障子を細目に開けて見ると、江戸中の桜の蕾が一夜の中に膨らんで、甍の波の上に黄金色の陽炎が立ち舞うような美しい朝でした。
「あ、親分。お早う」
 声を掛けたのは、まさに親分の銭形平次、寝乱れた八五郎の姿を見上げて、面白そうに、ニヤリニヤリと笑っております。
「お早うじゃないぜ、八。もう、何刻だと思う」
「そのせりふは叔母さんから聞き馴れていますよ。――何か御用で? 親分」
 八五郎はあわてて平常着を引っ掛けながら、それでも減らず口を叩いているのでした。
「大変だぜ、八五郎親分。こいつは出来合いの大変と大変が違うよ。溝板をハネ返して、野良犬を蹴飛ばして、格子を二枚モロに外すほどの大変さ」
 平次はそう言いながらも、一向大変らしい様子もなく、店先へ顔を出した八五郎の叔母と、長閑なあいさつを交しているのでした。
「あっしのお株を取っちゃいけません。――どうしたんです、親分」
 八五郎は帯を結びながら、お勝手へ飛んで行って、チョイチョイと顔を濡らすと、もう店先へまぶしそうな顔を出しました。
「観音様へ朝詣りをするつもりで、フラリと出掛けると、途中で大変なことを聴き込んだのさ。お前に飛込まれるばかりが能じゃあるまいと思ったから、今日は俺の方から、『大変』をけしかけに来たんだ。驚いたか、八」
「驚きゃしませんよ。まだ、親分は何にも言ってないじゃありませんか」
「なるほど、まだ言わなかったのか。――外じゃない。広徳寺前の米屋、相模屋総兵衛が、昨夜人に殺されたんだとさ」
「ヘエ――。あの評判の良い親爺が?」
「どうだ、一緒に行ってみないか」
「行きますよ。ちょいと待って下さい親分」
「これから飯を食うのか」
「腹が減っちゃ戦が出来ない」
「待ってやるから、釜ごと齧らないようにしてくれ。あ、自棄な食いようだな。叔母さんが心配しているぜ。早飯早何とかは芸当のうちに入らない」
「黙っていて下さいよ、親分。小言をいわれながら食ったんじゃ身にならねえ」
「六杯と重ねてもか」
 そんな事を言いながらも、八五郎は飯を済ませて、身仕度もそこそこに飛出しました。
 広徳寺前までは一と走り、相模屋の前は、町内の野次馬で一パイです。
「えッ、退かないか。その辺に立っている奴は皆んな掛り合いだぞ」
 三輪の万七の子分、お神楽の清吉が、そんな事を言いながら、人を散らしております。
「どうした、お神楽の。下手人は挙がったか」
 平次は穏やかに訊きました。
「挙がったようなものですよ。帳場の金が百両無くなって、下男の権八というのが逃げたんだから」
「逃げた先の見当は付いたかい」
 余計なことを、ガラッ八は口を挟みました。
「解っているじゃないか。吉原の小紫のところよ。――…

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