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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
作品ID56398
副題140 五つの命
140 いつつのいのち
著者野村 胡堂
文字遣い新字新仮名
底本 「銭形平次捕物控(十四)雛の別れ」 嶋中文庫、嶋中書店
2005(平成17)年8月20日
初出「オール讀物」文藝春秋社、1943(昭和18)年1月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者noriko saito
公開 / 更新2019-11-26 / 2019-11-23
長さの目安約 22 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「親分、変なことがあるんだが――」
 ガラッ八の八五郎がキナ臭い顔を持ち込んだのは、まだ屠蘇機嫌のぬけ切らぬ、正月六日のことでした。
「何が変なんだ、松の内から借金取りでも飛込んだというのかえ」
 銭形の平次は珍しく威勢よく迎えました。ろくな御用始めもないので、粉煙草ばかりせせって、心待ちに八五郎の来るのを待っていたのです。
「借金取りや唐土の鳥には驚かねえが、――こいつは全く変ですぜ、親分」
「だから何が変だと言ってるじゃないか」
「一町内の子供が五人、煙のように消えてなくなったのは、変じゃありませんか、親分」
 ガラッ八の小鼻は、天文を案ずるように脹れます。
「子供が五人揃って消えた?――そいつは抜け詣りだろう」
 平次は事もなげです。そのころ子供たちが誘い合せて、親の許しを得ずに、伊勢詣りの旅に出ることがよく流行りました。伊勢詣りとわかれば箱根の関所もやかましいことは言わず、先々の宿も舟も、何かと便宜を与えてくれる世の中だったのです。
「七つから九つまでの子供ですぜ、その中には女の子が二人いますよ」
「なるほどそいつは少し変だな」
「その上、夕方かごめかごめかなんかやって遊んでいて、不意に見えなくなった。菅笠も柄杓も仕度をする間がありませんよ」
 どんな無鉄砲な抜け詣りも、それくらいの用意はあるべきはずです。
「神隠しかな」
 平次はいつの間にやら、坐り直しておりました。
「そんなものはあるでしょうか、親分」
 人間が不意に見えなくなって、何日か何年かの後、ヒョックリ現れるのを、昔は羽黒や秋葉の天狗のせいにして、これを神隠しと言ったのです。その中には誘拐や、迷子や、記憶の喪失や、借金逃れもあったでしょうが、昔の人はそんな詮索をする気もないほど鷹揚だったのでしょう。
「…………」
「神や仏が、そんな虐たらしい事をする道理はないじゃありませんか、ね親分。五人の子供の親達の嘆きは、見ちゃいられませんよ」
「…………」
「何とかしてやって下さいよ」
「どこだえ、それは? いつのことなんだ」
 平次はようやく乗出しました。
「本郷の菊坂で」
「フーム」
「三日前、よく晴れた夕方でしたよ。胸突坂の下で遊んでいた町内の子供が五人、どこへ潜り込んだか、しばらくの間に掻き消すように見えなくなったんですって――」
「遊んでいたのを、誰が見ていたんだ」
「空地で遊んでいたのを、多勢の人が見ていましたよ。もっとも一番後で五人の子供が空地の隅っこに一とかたまりになって話しているのを見たのは、鋳掛屋の権次という、評判のよくない男で」
「それがどうしたんだ」
「鍋鋳掛が一とわたり済んで、空地に拡げた店を片付けていると、五人の子供たちが、何か脅えたように、一とかたまりになって喋っていたそうです。権次はそれっきり中富坂の家へ帰ったから、後は何にも知らないと言うんで」
「誘拐かな」…

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