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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
作品ID56406
副題145 蜘蛛の巣
145 くものす
著者野村 胡堂
文字遣い新字新仮名
底本 「銭形平次捕物控(十五)茶碗割り」 嶋中文庫、嶋中書店
2005(平成17)年9月20日
初出「オール讀物」文藝春秋社、1943(昭和18)年6月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者結城宏
公開 / 更新2020-01-18 / 2019-12-27
長さの目安約 22 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「親分は? お静さん」
 久し振りに来たお品は、挨拶が済むと、こう狭い家の中を見廻すのでした。一時は本所で鳴らした御用聞――石原の利助の一人娘で、美しさも、悧発さも申分のない女ですが、父親の利助が軽い中風で倒れてからは、多勢の子分を操縦して、見事十手捕縄を守りつづけ、世間からは「娘御用聞」と有難くない綽名で呼ばれているお品だったのです。
 とって二十三のお品は、物腰も思慮も、苦労を知らないお静よりはぐっと老けて見えますが、長い交際で、二人は友達以上の親しさでした。
「何か御用?」
 お静はお茶の仕度に余念もない姿です。
「え、少しむずかしい事があって、親分の智恵を借りたいと思って来たんだけれど――」
「生憎ね、急の御用で駿府へ行ったの、月末でなきゃ戻りませんよ――八五郎さんじゃどう?」
「親分がお留守じゃ仕様がないねえ。――八五郎さんにでもお願いしようかしら」
 お品は淋しく笑いました。ガラッ八の八五郎の人の良さと、頼りなさは、知り過ぎるほどよく知っております。
「八五郎さん、ちょいと」
 お静が声を掛けると、いきなり大一番の咳をして、
「お品さんいらっしゃい」
 ヌッと長い顔を出すのです。
「まア、八五郎さんそこに居なすったの。あんまり静かにしているから、気が付かないじゃありませんか」
 お品は面白そうに笑うのでした。
「あっしでも間に合いますかえ」
「まあ、悪かったわねエ。――八五郎さんが来て下さると本当にありがたい仕合せで――」
 ガラッ八は擽ったく、首筋を掻くのです。でも、そんな事に長くこだわっている八五郎ではありませんでした。お品が事件の説明を始めるともう夢中になって、いっぱし御用聞の出店くらいは引受ける気だったのです。
 お品が持込んで来た事件というのは、お品の家とは背中合せの、同じ本所石原町に長く質屋渡世をし、本所分限者の一人に数えられている吾妻屋金右衛門が、昨夜誰かに殺されていることを、今朝になって発見した騒ぎでした。
「家の新吉が下っ引を二三人連れて行ったけれど、こね廻すだけで判りゃしません。そのうちに三輪の親分の耳にでも入ったら、どうせ黙って見ちゃいないだろうし、――本当に八五郎さんが行って下さると助かりますよ」
 お品の調子はしんみりしました。
「うまく言うぜ、お品さん」
 そんな事を言いながらも、八五郎はお品と一緒に石原町まで駆け付けていたのです。
「それでは八五郎さん」
 吾妻屋の入口から別れて帰ろうとするお品。
「お品さんも現場を見ておく方がいいぜ」
「でも、私が顔を出しちゃ悪いでしょう。そうでなくてさえ娘御用聞とか何とか、嫌な事を言われるんですもの――」
「近所付合いだ。見舞客のような顔をして行く術もあるぜ」
「そうね」
 お品は強いても争わず、八五郎と一緒に吾妻屋の暖簾をくぐっておりました。
「お、八五郎親分」
 迎えて…

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