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枯葉の記
かれはのき
著者永井 荷風
文字遣い新字旧仮名
底本 「荷風全集 第十八巻」 岩波書店
1994(平成6)年7月27日
初出「不易 第八巻第一号」不易発行所、1944(昭和19)年1月1日
入力者H.YAM
校正者きゅうり
公開 / 更新2019-04-30 / 2019-03-29
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

               ○
おのれにも飽きた姿や破芭蕉
 香以山人の句である。江戸の富豪細木香以が老に至つて家を失ひ木更津にかくれすんだ時の句である。辞世の作だとも言伝へられてゐる。
 或日わたくしは台処の流しで一人米をとぎながら、ふと半あけてあつた窓の外を見た時、破垣の上に隣の庭の無花果が枯葉をつけた枝をさし伸してゐるのを見て、何といふきたならしい枯葉だらう。と思つた。枯葉の中にあんなきたならしいのがあるだらうかと思ふにつけて、ふと香以の句が胸に浮んだのである。しなびて散りもせぬ無花果の枯葉は全くきたならしい。
 時節は十一月のはじめ、小春の日かげに八ツ手の花はきら/\と輝き木斛の葉は光沢を増し楓は霜にそまり、散るべき木の葉はもう大抵ちつてしまつた後である。然るに無花果の葉は萎れながらに黄みもせず薄い緑の褪せ果てた色さへ残しながら、濡れた紙屑の捨てられたやうに枯枝のところ/″\にへばり付いてゐる。洗ひざらしのぼろきれよりも猶きたならしい。この姿にくらべると、大きな芭蕉の葉のずた/\に裂かれながらも、だらりと、ゆるやかに垂れさがつた形には泰然自若とした態度が見える。悲壮な覚悟があるやうに見える。世に豪奢を誇つた香以が、晩年落魄の感慨を托するに破芭蕉を択んだのは甚妙である。わたくしはその着眼の奇警にして、その比喩の巧妙なるに驚かねばならない。その調の豪放なることは杜樊川を思はしめる。
 わたくしも既に久しくおのれの生涯には飽果てゝゐる。日々の感懐には或は香以のそれに似たものがあるかも知れない。然しわたくしには破芭蕉の大きくゆるやかに自滅の覚悟を暗示するやうな態度は、まだなか/\学ばれて居さうにも思はれない。ぼろ片よりも汚ならしい見じめな無花果の枯葉がわたくしには身分相応であらう。
 わたくしは南京米をごし/\とぎながら、無花果の枯葉を眺め、飽き果てし身に似たりけり……と口ずさんだが、後の五字に行詰つてそのまゝ止してしまつた。
               ○
 赤坂氷川神社の樹木の茂つた崖下に寺がある。墓地に六文銭の紋章を刻んだ大名の墓がいくつも倒れてゐる寺である。
 本堂の前の庭に大きな芭蕉の、きばんだ葉の垂れさがつた下に白い野菊の花が咲きみだれ、真赤な葉[#挿絵]頭が四五本、危げに立つてゐた。或年の或日に試みた散歩の所見である。
[#挿絵]頭に何を悟らむ寺の庭
               ○
 枯葉のことを思ふと、冬枯した蘆荻の果てしなく、目のとゞくかぎり立ちつゞいた、寂しい河の景色が目に浮んでくる。
 鐘ヶ淵のあたりであつた。冬空のさむ気に暮れかゝる放水路の堤を、ひとりとぼ/\俯向きがちに歩いてゐた時であつた。枯蘆の中の水溜りに、宵の明星がぽつりと浮いてゐるのを見て、覚えず歩みを止め、夜と共にその光のいよ/\冴えてくるのを何とも知れず眺めてゐたこ…

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