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日の出
ひので
作品ID56412
著者国木田 独歩
文字遣い旧字旧仮名
底本 「定本 國木田獨歩全集 第三卷」 学習研究社
1964(昭和39)年10月30日
初出「教育界 第二卷第三號」金港堂、1903(明治36)年1月1日
入力者葛西重夫
校正者川山隆
公開 / 更新2015-01-21 / 2014-12-15
長さの目安約 22 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 某法學士洋行の送別會が芝山内の紅葉館に開かれ、會の散じたのは夜の八時頃でもあらうか。其崩が七八名、京橋區彌左衞門町の同好倶樂部に落合つたことがある。
 小介川文學士が伴ふて來た一人の男を除いては皆な此倶樂部の會員で、其の一人はオックスホード大學の出身、其一人はハーバード大學の出身など、皆なそれ/″\の肩書を持て居る年少氣鋭、前途有望といふ連中ばかり。卓を圍んでてんでに吐き出す氣焔の猛烈なるは言ふまでもないことで、政論あり、人物評あり、經濟策あり、時に神學の議論まで現はれて一しきりはシガーの煙を[#挿絵]々濛々たる中に六七の人面が隱見出沒して、甲走つた肉聲の幾種が一高一低、縱横に入り亂れ、これに伴ふ音樂はドスンと卓を打つ音、ゴト/\と床を蹶る音、そして折り/\冬の街を吹き荒す北風の窓ガラスを掠める響である。時々使童が出入して淡泊の食品、勁烈の飮料を持運んで居た。ストーブは熾に燃えて居る――
『貴殿は何處の御出身ですか』と突然高等商業出身の某、今は或會社に出て重役の覺目出度き一人の男が小介川文學士の隣に坐つて居る新來の客に問ひかけた。勝手な氣焔もやゝ吐き疲ぶれた頃で、蓋し話頭を轉じて少し舌の爛れを癒さうといふ積りらしい。人々も同意と見えて一時に口を閉たけれど、其中の二三人は別に此問に氣を止めず、ソフアに身を埋めてダラリと手を兩脇に垂れ、天井を眺めて眼を細くして居る者もあれば、シガーをパク/\ふかして居る者もある。一人は毒瓦斯を拔くべく起つて窓を少し開けた。餘の人々は新來の客に目を注いだ。
『僕ですか、僕は』と言ひ澱んだ男は年の頃二十七八、面長な顏は淺黒く、鼻下に濃き八字髭あり、人々の洋服なるに引違へて羽織袴といふ衣裝、今は都下で最も有力なる某新聞の經濟部主任記者たり、次の總選擧には某黨より推れて議員候補者たるべき人物、兒玉進五とて小介川文學士は既に人々に紹介したのである。
 兒玉は先程來、多く口を開かず、微笑して人々の氣焔を聽て居たが、今突然出身の學校を問はれたので、一寸口を開き得なかつたのである。
『僕の出た學校をお尋ねになるのですか。』と兒玉は語を續うとして、更に斯う問ふた。
『さうです。君の出られた學校です。三田ですか、早稻田ですか。』と高等商業の紳士は此二者を出じといふ面持で問ふた。
『違ひます』と兒玉は微笑した。
『オオさうですか。何處です。』
『大島學校です。』
『大島學校? 聞たことのない學校ですな、お國の學校ですか。』
『さうです、故郷の小學校です、私立小學です』と言つた時の兒玉の顏は眞面目であつたけれど、人々は笑ひ出した。
『戲談を言つては困ります。だから新聞記者は人が惡い。人が眞面目で聞くのに。』と高商紳士は短くなつたシガーをストーブに投げ込んだ。
『僕も眞面目で答へたのです。全く僕は大島小學校の出身です。故意と奇妙な答をして諸君を驚かす積…

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