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飛鳥山遠足
あすかやまえんそく
著者大町 桂月
文字遣い旧字旧仮名
底本 「桂月全集 第二卷 紀行一」 興文社内桂月全集刊行會
1922(大正11)年7月9日
入力者H.YAM
校正者雪森
公開 / 更新2019-06-10 / 2019-05-28
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

東京第一の射的場なる戸山の原、あちにも、こちにも、銃聲ぱち/\。臥してねらふ兵士、立ちて列をなして射撃にとりかゝらむとする兵士、部下を集めて射撃の講釋をなす士官、午後の暑さをよそに、とり/″\、汗を流して活動し、喇叭の聲やかましく、走る馬に塵たつ中を通りぬけて、ほつと一息す。寺の名は、亮朝院、神佛混淆の痕跡、七面大明神の額に殘れる堂前に、石の仁王あり。左の仁王に榜して、『この石像をたゝくべからず』としるせり。知らぬものは訝かるべく、好奇心を起すべし。右の仁王をたゝけば、こつ/\と石の音し、左の仁王をたゝけば、かんかんと金の音す。これは不思議と、物ずきのもの、つどひ來ては、石にてたゝくに、これでは、仁王の身も、終に破滅すべしと氣づかひて、かくは禁札をたてたるものと見ゆ。去年までは、こんな禁札は無かりきなど、先達ぶりで、説明するもの也。さて、何故に、金の音がするかは、言はぬが、お慰み/\。
 雜司ヶ谷の鬼子母神に到る。繁昌は、稻荷の佛化せる威光天に侵されて、子授銀杏、むなしく偉大也。こゝなる石の仁王は、御利益ありと見えて、赤き紙片ひら/\貼りつけられたり。大欅の竝木は、東京に、その類なき奇觀なるが、餓鬼道の亡者には、名物の燒鳥あるべし。
 雜司ヶ谷の墓地を過ぐ。青山、谷中、染井、その次には、こゝが數へらるゝ墓地なるが、名士の墓は、見當らず。木蔭の砂利路、さまで、きたなからざるに、横臥して休息す。見上ぐれば、われを蔽へる五六本の欅、可成り高く枝しげる。處々、枯枝あり。上なる枝に、頭をおさへられて、日光をうくるに由なきを以て、いづれも斯くは枯朽せる也。觀ずれば、一本の中にも、人生あり。優者は存し、劣者は亡ぶ。進取なる哉。人は死ぬるまでも、進取せざるべからず。さは云へ、進取にも、種類あり。世俗、一般には、利と權とのある處、廉恥なく、同情なく、下司の根性を逞しうして、他を押倒し、踏みしだき、殘忍非道の行ひをなして平氣なるもの、物質界の成功者となる。苟くも精神界の趣味を解し、物のいはれを知れる者は、渇しても盜泉の水は飮まず。盜賊一味の輩と伍を爲して、物質界の成功を得るに忍びざる也。その枯るゝは、眞に枯るゝに非ず、物質界に屈して、精神界に伸ぶる也。
下枝を枯枝にして青葉かな
 音羽の護國寺の境内を逍遙す。形勝の雄、都下に冠たり。堂宇の壯も、都下にては、十指の中に入るべし。たゞ四周の欄干にあるべき筈の擬寶珠すべて無くして、みすぼらし。まさか、和尚が鼻の下の建立にあてたるものにはあらず。必ずや、盜賊がぬすみ去りしものなるべしなど、入らぬ心配をして、征露記念塔に到れば、四天王の銅像無し。これも盜賊に奪はれたるにや。それとも盜難を恐れて、他に藏せるにや。
緑陰や釋迦牟尼佛の像高し
桃葉
 川越街道を横切りて、路を王子に取る。東京の膨脹、こゝにも及びて、新築の小さき家ならび連なる。中…

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