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狭山紀行
さやまきこう
作品ID56420
著者大町 桂月
文字遣い旧字旧仮名
底本 「桂月全集 第二卷 紀行一」 興文社内桂月全集刊行會
1922(大正11)年7月9日
入力者H.YAM
校正者雪森
公開 / 更新2019-09-11 / 2019-08-30
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

茶の名に知られたる狹山、東京の西七八里にありて、入間、北多摩二郡に跨る。高さは、わづかに百米突内外なれども、愛宕山、飛鳥山、道灌山の如き、臺地の端とは異なり、ともかくも、山の形を成して、武藏野の中に崛起し、群峯相竝び、また相連なりて、東西三里、南北一里に及ぶ。武藏野の單調をやぶりて、山らしく、且つ眺望あるは、唯[#挿絵]こゝのみ也。
 明治四十年六月二十五日、降りさうにて、降らず。腦の心地惡し。午後二時頃急に思ひたち、田中桃葉を伴ひて、狹山へとて、家を出でぬ。
 甲武線を取り、大久保より中野までは、電車に乘る。向側に腰かけたる一老人、田舍の人と見ゆれど、靴をはけば、農夫とも思はれず。洋傘は右脚に接して立てかけたり。煙糞を掌にうけつつ頻に煙草ふかす。忽ちアレ/\と、隣の人が注意するに、老人はじめて氣がつきて、洋傘をもみ消す。煙糞の火のうつれものにて、はや八分四方ぐらゐに擴がり居りたり。二三回も禮は云ひたるが、傘の方は、一向にふりむきもせず。慾も徳も無き善人か、さなくば意氣を尚ぶ男かなるべしと、しばし見入りたり。
 中野より汽車に乘り、國分寺にて乘りかへて、東村山に下る。將軍塚さして行くに、路傍に徳藏寺あり。一寸見れば、農家とまがふばかりの荒寺也。門も無し。入口の左の方に、元弘戰死碑あり。この土地の豪族なりしなるべし、飽間三郎、同孫七、同孫三郎の三人、元弘三年、新田義貞の軍に從ひて討死せる由を記せり。碑の上部は缺けたれど、文字はなほ明か也。扁阿彌陀佛といふ筆者の名も見ゆ。元人の骨法を得たりとて、風流好古の士、こゝに來りて賞玩するもの多かりしことは、江戸名所圖會にも見えたり。とにかくも、五百年前の古碑也。而して、事は忠勇義烈に關す、益[#挿絵]珍重すべき也。
 寺を出でて、間もなく、狹山の最東端にとりつく。測量の三角臺ある處は、即ち將軍塚也。塚といへども、まことの塚にはあらず。元弘三年、新田義貞が軍勢を揃ふる爲に、こゝに旗を立てたるを以て、將軍塚といふとの事也。旗を立つると云ひ、三角點を設くると云ひ、遠望のきく處をえらぶは、古も今も、同一轍也。
 田を一つ越えて、峯にとりつけば、麓に寺あり。上に八幡祠あり。其傍に、水天宮あり。八幡宮より遙に小なれども、繪馬堂もありて、奉納の繪馬多きは、御利益あればなるべし。源氏の故國とて、關東は到る處に八幡宮あれども、御利益なければ、いづれも、さまで繁昌はせざるやう也。
 峯背を西に七八町ゆき、北折して三四町ゆけば、狹山の上には珍らしき平坦の地あり。一方に、明けはなしの堂宇あるは、淺間神社なるべし。一方に、圓錐丘高く、草生ひしげり、樹木も、ところ/″\に立てり。路、斗折して通ず。合目毎に石立てり。折々手を刺すは、薊也。花を帶びたり。さつきも咲き殘る。十合目にいたれば、即ち頂上也。小なる石龕あり。狛、相竝ぶ。聞く、この人造の富士山は…

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