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しめしあわせ
しめしあわせ
作品ID56515
原題THE ASSIGNATION
著者ポー エドガー・アラン
翻訳者佐々木 直次郎
文字遣い新字新仮名
底本 「アッシャア家の崩壊」 角川文庫、角川書店
1951(昭和26)年10月15日
入力者江村秀之
校正者まつもこ
公開 / 更新2020-01-19 / 2019-12-27
長さの目安約 30 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

そこにてわれを待たれよ! われ必ず
その低き渓谷に御身と逢わむ
(チチェスターの僧正ヘンリー・キング1の
       その妻の死せしおりの葬歌)

 御身自らの想像の光輝の中に惑乱し、御身自らの青春の焔の中に倒れし、薄命にして神秘なる人よ! 再び幻想の中に予は御身を見る! いま一たび御身の姿は予の前に浮び上ってきた!――御身が今あるように――すなわち、ひややかなる影の谷の中にあるようにしてではなく――おお、そうではなく、――御身があるべきようにして――すなわち、星の愛ずる海の楽土なる、またかずかずの秘密を包みて黙せる水面をパラディオ式2の大建築物の広き窓が深き苦き意味をもて見下せる――かのほのかなる幻影の都、御身自身のベニスで、壮麗なる瞑想の生活を浪費しているようにして。そうだ! 繰返して言う、――御身があるべきようにして、と。確かにこの世界とは別の世界があり、――庶民の思想とは別の思想があり、――詭弁家の理論とは別の理論がある。とすれば、何者が御身の行状を咎め立てすることができようか? 何者が御身が夢幻のように時を送ったことを責めたり、御身の尽きざる精力の溢れ出たものにほかならぬあの行為を非難したりするか?
 予が今語っている人と三度目か四度目かに逢ったのは、ベニスで、そこでは Ponte di Sospiri3と言われている屋根ある拱道の下であった。その逢った時のことを思い浮べようとすると雑然たる思い出が湧いてくるのである。しかし予は覚えている――ああ! どうして忘れられよう?――かの深い真夜中を、かの嘆きの橋を、かの美しき女性を、また、かの狭い運河をあちこちと歩き廻ったロマンスの精霊を。
 それは常ならぬ暗闇の夜のことであった。ピアッサ4の大時計はイタリアの夕の第五時を報じた。カンパニーレの広辻はひっそりとして人影もなく、昔の大公の宮殿の燈火は一つ一つ速やかに消えゆくところであった。予は大運河を通ってピアゼッタから家路へと帰りつつあった。しかし予のゴンドラがサン・マルコ運河の口と向いあっているところまで来た時に、突然、その奥の方から、一人の女の声が、烈しい、発作的な、長く続いた一つの悲鳴となって、夜の静けさを破って聞えた。その声に驚いて、予は突っ立ち上った。また、ゴンドラの船頭は彼のただ一本の櫂を手から滑らせて、まっ黒な闇の中へ失ってしまい、とうてい取戻す見込みもなかったので、したがって、予らは、ここでは大きい方の水路から小さい水路へと流れている流れの導くままになるのほかはなかった。何か巨大な、黒い羽毛の兀鷹などのように、予らの舟はゆっくりと嘆きの橋の方へ漂い下っていたが、その時、数知れぬ炬火が大公の宮殿の窓から燃え上り、またその階段を走り下り、たちまちにしてその深い暗闇を鉛色の異様な昼に変じたのであった。
 一人の小児が、母の腕から滑って、その高く…

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