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新万葉物語
しんまんようものがたり
作品ID56532
著者伊藤 左千夫
文字遣い新字新仮名
底本 「伊藤左千夫集」 房総文芸選集、あさひふれんど千葉
1990(平成2)年8月10日
初出「文章世界 第四卷第二號」1909(明治42)年2月1日
入力者高瀬竜一
校正者きりんの手紙
公開 / 更新2019-05-01 / 2019-04-26
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 からからに乾いて巻き縮れた、欅の落葉や榎の落葉や杉の枯葉も交った、ごみくたの類が、家のめぐり庭の隅々の、ここにもかしこにも一団ずつ屯をなしている。
 まともに風の吹払った庭の右手には、砂目の紋様が面白く、塵一つなくきれいだ。つい今しがたまで背戸山の森は木枯に鳴っていたのである。はげしく吹廻した風の跡が、物の形にありありと残っているだけ、今の静かなさまがいっそう静かに思いなされる。
 膚を切るように風が寒く、それに埃の立ちようもひどかったから、どこの家でもみな雨戸を細目にして籠っていた。籠りに馴れた人達は、風のやんだにも心づかないものか、まだ夕日は庭の片隅にさしてるのに、戸もあけずにいる。
 軒に立掛けた、丸太や小枯竹が倒れてる。干葉の縄が切れて干葉が散らばってる。蓆切れが飛び散っている。そんな光景の中に、萱葺屋根には、ところどころに何か立枯れの草が立ってる。細目な雨戸の間から、反古張の障子がわずかに見えてる。真黒に煤けた軒から、薄い薄いささやかな煙が、見えるか見えないかに流れ出ている。

 鉄砲口の袷半纏に唐縮緬のおこそ頭巾を冠った少女が、庭の塵っ葉を下駄に蹴分けて這入って来た。それはこの家の娘お小夜であった。
「おばあさん、あんのこったかい、風も凪げてこのえい日になったのんを戸をあけないで」
 こう云ってお小夜は、庭場の雨戸を二三枚がらがらとあける。そこへまた顔にも手にも、墨くろぐろの国吉も走り込んできた。
「姉さん田雀々々、二匹々々」
 国吉は手に握った二つの田雀を姉の眼先へ出して見せる。
「誰れかに貰ってきたのかい」
「あんがそうだもんでん、ぶっちめて捕ったんだい」
「ほんとうに」
「ほんとうさまだ」
「ううんお前に捕られる田雀もいるのかねい」
「姉さんこりで五つになった。机の引出しさ三つ取ってあらあ、こりで五つだ姉さん、お母さんに拵[#ルビの「こしら」は底本では「こしらえ」]えてやるとえいや」
 どれと姉が手にとるが否や、国吉は再び背戸の方へ飛び出してしまった。
「おばあさん、蒲団から煙が出てるよ」
 お小夜は頭巾を脱ぎながら座敷へ上った。お祖母さんは、炬燵の蒲団を跳ねて、けぶりかかった炭を一つ摘まみ出す。
「お前早かったない、寒かったっぺい、炬燵で一あたりあたれま」
「ああにお祖母さん、帰りにゃね風が凪げたかっね、寒いどこでなかったえ」
「ほんに風が凪げたない。お母も寝入ってるよ。あれではあ、えいだっぺいよ」
「そらあ、えかった。そりじゃお祖母さん薬は、後にしようかねい」
 お小夜はちょっと納戸に母を窺ったが、その睡ってるに安心したふうでしばらく炬燵に倚りかかった。頭巾を脱ぐ拍子に巻髪が崩れた。ゆらぐばかりの髪の毛が両肩にかかってる。少し汗ばんでほてりを持ったお小夜の顔には、この煤けた家に不似合なような、活き活きとした光をつつんでいる。祖母もつく…

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