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水籠
みずごもり
著者伊藤 左千夫
文字遣い新字新仮名
底本 「野菊の墓 他四篇」 岩波文庫、岩波書店
1951(昭和26)年10月5日
初出「ホトヽギス 第十一卷第二號」1907(明治40)年11月1日
入力者高瀬竜一
校正者岡村和彦
公開 / 更新2019-09-18 / 2019-08-30
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 表口の柱へズウンズシリと力強く物のさわった音がする。
 この出水をよい事にして近所の若者どもが、毎日いたずら半分に往来で筏を漕ぐ。人の迷惑を顧みない無遠慮なやつどもが、また筏を店の柱へ突き当てたのじゃなと、こう思いながら窓の格子内に立った。もとより相手になる手合いではないが、少ししかりつけてやろうと考えたのである。
 格子から予がのぞくとたんに、板塀に取り付けてある郵便受け箱にカサリという音がした。予は早くも郵便を配達して来たのじゃなと気づく。
 この二十六日以来三日間というもの、すべての交通一切杜絶で、郵便はもちろん新聞さえ見られなかった際じゃから、郵便配達と気づいて予はすこぶるうれしい。この水の深いのに感心なことと思いつつ、予は猶予なくその郵便をとりに降りる。郵便箱へ手を入れながら何の気なしに外を見る。前に表の柱へ響きをさしたのは、郵便配達の舟が触れた音でありしことがわかった。
 郵便の小舟は今わが家を去って、予にその後背を見せつつ東に向かって漕いでいる。屈折した直線の赤筋をかいた小旗を舷に插んで、船頭らしい男と配達夫と二人、漁船やら田舟やらちょっとわからぬ古ぶねを漕いでいる。水はどろりとして薄黒く、浮き苔のヤリが流れる方向もなく点々と青みが散らばってちょうどたまり水のような濁り水の上を、元気なくゆらりゆらりと漕いでゆくのである。
 いやに熱苦しい、南風がなお天候の不穏を示し、生赤い夕焼け雲の色もなんとなく物すごい。予は多くの郵便物を手にしながらしばらくこの気味わるい景色に心を奪われた。
 高架鉄道の堤とそちこちの人家ばかりとが水の中に取り残され、そのすき間というすき間には蟻の穴ほどな余地もなくどっしりと濁り水が押し詰まっている。道路とはいえ心当てにそう思うばかり、立てば臍を没する水の深さに、日も暮れかかっては、人の子一人通るものもない。活動ののろい郵便小舟がなおゆらゆら漕ぎつつ突き当たりのところを右へまがった。薄黒い雲にささえられて光に力のない太陽が、この水につかって動きのとれない一群の人家をむなしく遠目にみておられる。一切の草木は病みしおれて衰滅の色を包まずいたずらに太陽を仰いでいても、今は太陽の光もこれを救うの力がない。予は身にしみて寂しみを感じた。
 静かというは活動力の休息である。静かな景色には動くものがなくても感じはいきいきとしている。今日の景色には静かという趣は少しもない。活動力の凋衰から起こる寂しい心細いというような趣を絵に書いて見たらこんなであろうなどと考える。
 毒々しい濁り水のために、人事のすべてを閉塞され、何一つすることもできずむなしく日を送っているは、手足も動かぬ病人がただ息の通うばかりという状態である。
 家の中でも深さは股にとどくのである。それを得避くる事もできないで、巣を破られた蜂が、その巣跡にむなしくたむろしているごと…

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