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沈黙
ちんもく
作品ID56537
副題——神話
——しんわ
原題SILENCE ― A FABLE
著者ポー エドガー・アラン
翻訳者佐々木 直次郎
文字遣い新字新仮名
底本 「アッシャア家の崩壊」 角川文庫、角川書店
1951(昭和26)年10月15日
入力者江村秀之
校正者まつもこ
公開 / 更新2020-03-27 / 2020-03-03
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

山嶺は眠り、谿谷、巉岩、洞窟は沈黙す
アルクマン1

「おれの言うことを聴け」と鬼神はその手を予の頭にかけて言った。「おれの話すのはザイーレ河2のほとり、リビア3の荒涼たる地域のことだ。そこには平穏もなければ、沈黙もない。
 河の水はサフラン色の病んだ色をしている。そして海の方へ流れずに、永久に永久に太陽の赤い眼の下で騒々しく痙攣するように波うっている。どろどろした河床の両側には幾マイルとなく、巨大な睡蓮の蒼白い荒野がある。睡蓮はその淋しいところで互いに溜息をつきあい、長いものすごい頸を天の方へのばし、永劫の頭をあちこちとうなずかせている。そして地下を走る水のようにがやがやした囁きがその間から聞えてくる。彼らは互いに溜息をつきあうのだ。
 しかし睡蓮の領域には境界がある、――暗い、恐ろしい、高い森の境界だ。そこでは、ヘブリディーズ4あたりの波のように、低い下生が絶えずざわめいている。しかし天には少しの風もない。そして太古からの高い樹々は強い轟音をたてて永遠に彼方此方へ揺れている。その高い梢からは一滴一滴と絶え間なく露が滴り落ちる。またその根もとには毒ある奇異な花が安からぬ眠りに悶えながら横たわっている。そして頭上には灰色の雲が颯々たる高い音をたてて、永久に西の方へと走り、ついには地平線の燃ゆる壁から瀑布となって逆巻き落ちる。しかし天には少しの風もない。そしてザイーレ河の岸辺には平穏もなければ沈黙もない。
 夜のことで、雨が降っていた。降っている時には雨であったが、降ってしまうと血であった。おれは沼の中で、高い睡蓮の間に立っていた。雨はおれの頭上に落ちた。――そして睡蓮はその荒廃寂寥の森厳の中で互いに溜息をつきあっていた。
 それから、突然、薄い、ものすごい霧の中から月が昇った。その色は真紅であった。おれの眼は、河の岸辺にそそり立つ、月の光に照らされた、巨大な灰色の岩石に落ちた。その岩は灰色で、ものすごく、また高かった。――岩は灰色だった。その正面には石に文字が刻んであった。おれはその文字を読もうとして、睡蓮の沼を渡って、ついに岸辺に近く来た。しかし読みとることができなかった。そこでまた沼の中へもどろうとした時、月が更に赤く輝いたので、振返って再び岩を、また文字を、眺めた。――その文字は『荒涼』というのであった。
 それから仰いで見ると、岩の頂上に一人の男が立っていた。おれはその男のすることを見ようと思って睡蓮の間に身を隠した。丈高く堂々たる男で、肩から足まですっかり古代ローマの外衣で身を包んでいる。体の輪郭ははっきりわからぬ――が、その容貌は神の容貌であった。というのは、夜と、霧と、月と、露との覆いも、彼の相貌を蔽わずにおいたからだ。その額は思慮を示して高く、その眼は憂いのために烈しかった。そして、その頬に刻まれた数条の深い皺に、おれは悲哀と、倦怠と、人類に…

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