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急行十三時間
きゅうこうじゅうさんじかん
作品ID56541
著者甲賀 三郎
文字遣い新字新仮名
底本 「探偵小説の風景 トラフィック・コレクション(上)」 光文社文庫、光文社
2009(平成21)年5月20日初版1刷
初出「新青年」1926(大正15)年10月
入力者sogo
校正者noriko saito
公開 / 更新2018-10-05 / 2018-09-28
長さの目安約 24 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 箱根山にかかると、車内も大分落着いて来た。午後十時半だ。只、私の前に席を占めた異様な二人、一人は五十位の色の黒い頬骨の出た、眼のギロリとした一癖ありそうな男、一人はもう七十近いかと思われる白髪の老翁だが、その二人が抑も出発の始めからのボソボソ話が気味の悪い犯罪の話ばかりだったが、未だ止めようとせぬ。それも汽車が午後八時東京駅を滑り出てから暫くは、車内の喧噪、騒然たる会話や、座席の上に立って雑然と網棚の上に抛り上げた荷物を整理する人、駅に止る毎に忙しく弁当や茶の売子を呼ぶ人、それに車内に濛々と立籠めた煙草の煙、それらの中で杜絶れ杜絶れにしか聞えなかったが、行儀の悪い乗客達が食べるだけ食べて、散かすだけ散かして、居睡りを始める頃になると、一言一句がハッキリ耳に這入って、私の神経はいよいよ苛立って来た。
「そこがむつかしい所でな」頬骨の出た男が云うのだ。「脅迫と云う奴は、される方に弱味があるので、中々訴え出る事が出来ん。この犯罪は防ぐのが一番むずかしゅうごわしょうて」
「全くそうじゃ」老翁は白髯を顫わしながら答えるのだ。「これからは悪智慧のある奴が益々増えるから、脅迫は増える一方じゃのう」
 私は右隣に坐っている私の護衛の私立探偵を盗み見た。彼は踏反り返って、眼を瞑っている。私はしっかり内ポケットを押えた。
 一体この二人は何者だろう。
 私は始めから窓際に席を取る積りで逸早く車内に飛込んだが、もう前に頬骨の出た男はちゃんと坐っていた。それから私立探偵が私の隣へかけると、白髪の老翁は老人とも思えぬ敏捷さで、その前の空席を取った。之で四人が膝を交えた訳だが前の二人は間もなく会話を始めた。どうも前から知合った間ではないのだ。それに二人とも遠方へ行くにしては一向荷物らしいものを持っていないのだ。気の故だが、老翁の白髪や白髯がどうもくっつけたように思える。私は身内が引締るようだった。
 実は私の内ポケットには百円紙幣で一万円と云う大金が這入っているのだ。どうして私のような一介の学生がこんな大金を持っているのか、これには訳がある。
 之は大阪にいる私の友人のA――に持って行ってやる金なのだ。友人のA――では分らないが、高利貸のA――と云えば誰知らぬ人はあるまい。友人は彼の一人息子なのだ。高利貸のA――は人も知る通り、代表的の守銭奴だ。貪欲で冷酷で狡猾で、金の為なら人情は切れた草鞋程にも思っていないのだ。それに反して彼の息子は多血質な感情家だった。だから無論合う筈がない、友人はいつでも彼の父を罵っていた。
 彼と私とが会うと、いつでも如何にして彼の父から金を引出すべきかと云う事を講究した。私達の考えによると、彼の父から少しでも余計に金を引出して有用な事に使うのは、非常に必要な事で、彼の罪滅しになり、我々にとっては一つの社会奉仕であると思っていたのだった。二人はいろいろと智慧…

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