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高原
こうげん
作品ID56546
著者木暮 理太郎
文字遣い新字新仮名
底本 「山の憶い出 下」 平凡社ライブラリー、平凡社
1999(平成11)年7月15日初版第1刷
初出「山」1934(昭和9)年10月
入力者栗原晶子
校正者
公開 / 更新2015-06-20 / 2015-03-08
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 八ヶ岳の裾野ほど高原に富んでいる所は、火山の多い我国にも稀であろうと思う。殊に蓼科山あたり迄を引括めた八ヶ岳火山群となれば、恐らく他に之と比肩す可きものはあるまい。井出ノ原や念場ヶ原或は野辺山原というように、特別の名称を持っている場所を除いても、広さに於て少し劣るだけで、至る所に美しい高原が展開している。富士山の西側に在る間遠ノ原又は朝霧ヶ原などは、野辺山原よりも広いと思われるが、高原の趣致は寧ろ乏しいというてよい。それよりも上吉田の南方附近から山中湖畔にかけての裾野の方が高原らしい気分に浸れる。浅間山の六里ヶ原は広いことは広いが、なぜか親しさ懐しさに欠けているように思われるのは、其生成が新しいのと、絶えず威嚇するように烟を噴き出している活火山の姿を、近く仰いでいる為の気のせいであるかも知れぬ。尤も二度上のあたりは、西にある三方ヶ峰や湯の丸山附近と共に、私の好きな場所の一である。
[#挿絵]
●野辺山原と八ヶ岳

 私は唯漫然と高原の文字を使用しているが、一体高原と呼ばれる標準の高さは、どの程度をさしていうのであろうか、私はまだ判然たることを知らない。しかし私の好みからいえば、少くとも最低千米以下であってはならないように想う。高ければ高い程よい。千米以下では、平野に生ずる植物、特にそれが景観の上から見て大切である二、三の黒木、たとえば杉や赤松などが植林されたり侵入したりして、丘陵や岡阜と択ぶ所がなくなる虞がある。杉は主として移植されるものであるから別とし、赤松は平地に在りて風景上の一大要素であるが、これが原上に挺立していることは、たとえ如何に豪健雄大な景趣であるにしても、高原に生えることだけは遠慮してもらいたい気がする。私は精進湖畔の赤松林を見る度に、これがせめて樅ででもあってくれたならばと思わぬことはない。私が富士北側の裾野に高原としての不満を感ずるのはこの為である。前に述べた八ヶ岳の念場ヶ原や野辺山原などは、千米を遥に超えているにも拘らず、尚お所々に赤松が見られるのは私としては甚だ遺憾である。勿論緯度の高低に因って、其土地の樹種は異なるであろうが、やはり同様のことがいえるのではなかろうかと思う。斯様な考は、畢竟私が山にのみ拘泥していて、高原を考えるにも山から離れて観察することを知らないからだと非難されても一言もない。



 高原には植物はなくとも、高原たるに変りはあるまい。しかし賽ノ河原のように岩許りごろごろしていたり、練兵場のように砂塵が舞い上ったりするのでは、其存在価値はあらゆる生物にとりて零である。せめて美しい草原でありたい。之に配するに落葉松や白樺などの木立があれば更によく、若し原の一隅に栂の林でもあって、水が流れているか清水が湧き出していれば一層よいのである。八ヶ岳の高原では、其中を或は其一方を渓流が潺湲として流れている所が多い。或…

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