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二、三の山名について
にさんのさんめいについて |
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作品ID | 56553 |
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著者 | 木暮 理太郎 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「山の憶い出 下」 平凡社ライブラリー、平凡社 1999(平成11)年7月15日初版第1刷 |
初出 | 「霧の旅」1928(昭和3)年6月 |
入力者 | 栗原晶子 |
校正者 | 雪森 |
公開 / 更新 | 2014-10-21 / 2014-09-15 |
長さの目安 | 約 58 ページ(500字/頁で計算) |
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この一篇は昭和三年六月十日、霧の旅会創立第十周年紀念大会の席上で述べた話の原稿を纏めて、改訂増補したものであるが、もとより未定稿であって、ほんの一寸した思い付を述べたに過ぎない、謂わば夢物語に似たようなものであるから、予め左様御承知を願って置きたい。尚お南洋系語は主として文学博士坪井九馬三氏の『倭人考』に拠り、仏蘭西極東学校出版の『チアム仏語辞典』『マレイ英語辞典』『馬日辞典』等を参照した。又アイヌ語はバチェラー氏の『アイヌ語辞典』に拠ったものである。其他に朝鮮総督府編の『朝鮮語辞典』、ルザック出版、東洋宗教叢書中の『印度神話』、ジャンネラー・ド・ベールスキー氏の『アングコル』『太洋洲諸島民族志』等をも参酌した。
我国の山名に就て考えるならば、先ず(一)形によるもの(槍ヶ岳、乗鞍岳、笠ヶ岳、荒船山、鶏冠山等)、(二)形以外の見かけによるもの(赤岳、黒岳、白崩山、黒髪山、青薙山、毛無山等)、などから、(三)地名に基くもの(武甲山、刈田岳、鹿留山、小野子山、筑波山)、(四)沢の名を冠するもの(赤石岳、荒川岳、聖岳、上河内岳等其例頗る多い)、(五)雪に因めるもの(白山、白峰、農鳥岳、爺岳、蝶ヶ岳、地紙山、三之字山等)、(六)神仏に関係あるもの(御岳、神座山、神奈備山、薬師岳、蔵王山、地蔵岳等)、(七)岩石、湖沼、温泉等に縁あるもの(六石山、七石山、湯殿山、八海山、沼尻山、苗場山等)、(八)方位によるもの(東岳、西岳、間ノ岳、中ノ岳、前岳等)などに至るまで、幾つかに分類することを得るのであるが、特殊のものが無くもない。例せば西湖の北方に連亙せる御坂山塊の節刀岳は、大将軍にも刀にも少しの関係もないセットウ即ち小鳥のホオジロの方言から出た名であるというし、又飛信越三国界の蓮華岳一名三俣岳は、熊を打取った猟師が食糧欠乏の為にそのレンゲ即ち肝臓を喰ったので、レンゲバミノ岳というたのが蓮華岳となったので、仏や蓮の花に縁があるものと思うと大間違である。若し此等の山が其伝えを失えば、様々な誤った説が出ることになる。そんな次第であるから、極めて簡単明瞭なものは別とし、後世から古い山名の起源を正しく解こうとするのは容易なことではなく、必ず幾通りかの解釈が試みらるべきが当然で、然も此等の解釈が一として真実に触れていない場合もあり得る筈である。
次に述べるところのものは、こう説いても解釈の一になるのではないかと、私の試みた山名考の中から、稍や面白いと思われる三、五の例を拾い出したものであるが、国語による解釈は、故意に成る可く避けるように努めた。これは初めからの目的であったことを申し添えて置きたい。
富士山
富士山の名は今では我国に来遊する外国人で知らぬ者もない程に有名になったが、国内に於ても昔から厚く尊崇されていたことは、かの山部宿禰赤人の不尽山を望める歌、
天地の 分れ…