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初旅の大菩薩連嶺
はつたびのだいぼさつれんれい
作品ID56554
著者木暮 理太郎
文字遣い新字新仮名
底本 「山の憶い出 下」 平凡社ライブラリー、平凡社
1999(平成11)年7月15日
初出「霧の旅」1933(昭和8)年5月
入力者栗原晶子
校正者雪森
公開 / 更新2015-02-07 / 2015-01-28
長さの目安約 20 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 大正七年の秋の末に初めて黒岳山から大菩薩峠に至る大菩薩山脈の主要部を縦走した時の山旅は、おかしい程故障が多かった。これは余り暢気に構えて必要の調査を怠ったり、地図を信用し過ぎたり、又はそれを無視したりした結果でもあったが、どういう訳か其時は誰の心にも少しの屈托がなかった。其日暮しの行きあたりばったりという気持であった。これが失錯続出の最大原因であったように思う。
 この縦走の主唱者は武田君で、大菩薩岳はちょいちょい登られているし、大菩薩峠を踰えた人は更に多いのであるが、其他は未だ跋渉されぬかして噂も聞かない、それで早速この主要部の縦走に取り懸ろうではないかということになって、武田君と二人で同じ年の三月十六日の夜行列車で出発した。尤も季節が季節だけに山頂は雪が深いかも知れないから、此時は必ず計画を遂行しようという程に決心していた訳ではなく、近くで山の様子を見たり聞いたりした上で、若し差支なかったらという位のことにしてあった。折柄の雨は笹子峠に近づくと雪に変ったので、少し驚いた。塩山で下車しても雨は歇まない。青梅街道を辿って柳沢峠に向う途中、裂石の山門に休んでいると、一陣の南風が甲府盆地から吹き上げて来て、濃い霧のようなものが僅に開けている視界を遮ったと思う間もなく、紛々として大雪が襲って来た。二寸三寸と見る間に積って行く、頼めば宿もするらしいゴロタのとある飲食店に立ち寄って、渋茶と焚火の馳走になりながら用意の朝食を済ました。其時の雪片は直径一寸もあろうという今迄に見たこともない大きな牡丹雪であったから、此家を立ち出る頃は既に八寸以上も積っていたし、峠の頂上近くの崖のある所では、路を横切って極めて小規模ながらアワの現象さえ起って、少なからず歩行に悩んだ。いつもならば午前九時には着く筈の落合に着いたのは十一時少し過ぎであった。この雪で暫く登山の見込も絶えたので、多摩川上流の峡谷の雪景を咏めながら丹波山に下って一泊し、翌日上野原に出て帰京した。つまり此の旅行では大菩薩連嶺に関して新に何等の得る所もなかったのである。
 春も過ぎて夏の旅行が終ると、また大菩薩行の話が始まった。秋には必ず決行しようということに相談が纏って、今度は逆に南から登ろうではないかということになる。それには初鹿野駅で下車して焼山道を取るか、初狩駅に下車して真木川沿いの道を取るか、二の方法がある。前者は行程は近いが後者の方が興味がありそうに思われたので、それに依ることに決した。
 のみならず自分等の考では、午後十一時飯田町発の汽車に乗れば、初狩駅に着くのは翌日の午前三時であるから、地図に記された道を辿れば、真木から焼山へ踰える峠の頂上へ出て山稜を北に分け登っても、午前九時遅くも十時には一九八七米五の三角点のある峰に達するであろう、さすれば午後二時若くは三時には大菩薩峠の道に出られるに相違ない…

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