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秘められたる挿話
ひめられたるそうわ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「探偵小説の風景 トラフィック・コレクション(上)」 光文社文庫、光文社
2009(平成21)年5月20日
初出「苦楽」プラトン社、1926(大正15)年10月
入力者sogo
校正者noriko saito
公開 / 更新2018-04-19 / 2018-03-26
長さの目安約 18 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 竹藪がざわざわ鳴っていた。崖に挟まれた赤土路を弟妹達が歩いている。跣足になっているのも、靴を穿いているのもいた。一同が広々とした畷へ出て、村の入口に架っている小さな橋を渡ろうとすると、突然物陰から、飛白のよれよれの衣物を着た味噌歯の少年が飛出して来て、一番背の高い自分に喰付こうとした。遮二無二に噛り付いてくる少年の前額に掌をかけて、力任せに押除けようと[#挿絵]いているうちに、浅田の夢は破れて、蚊帳を外した八畳の間にぽっかりと目を覚した。
 夏の烈しい日光が、八時前にもう東側の雨戸を暑くしている。浅田が階下へ顔を洗いにゆくと、女中共が台所で、こそこそ話をしていた。
「何だね。何か変った事があったのかね」浅田は朝の忙しい時間に、台所を散らかしたまま、手を休めてお饒舌をしている女中を、咎めるようにいった。
「昨夜お隣りへ泥棒が入って、お婆さんが殺されたんでございますって」
「それは大変な事だね。お隣りには衣川とかいう下宿人がいるじゃァないか」衣川というのは弟の学校友達だったとかで、顔だけは二三度見掛けた事がある。弟は廻り合せがわるく、これ迄転々と職業を変えて、この節はそれでも千住のゴム会社に勤めているが、衣川は去年から職を失って、ぶらぶらしていた。
「衣川さんが他所からお帰りになって、それが分ったので、吃驚して警察へ訴えたんだそうでございます」
「旦那様、あの、家の前にお巡査さんが立番をしているんでございます」田舎から上京して間のない、少し頭脳の働きの鈍い女中が、おどおどしながらいった。
「そんな事何でもない。親類か何かが死骸の後始末をしにくるまで、番をしているんだ」
「まだ死骸があるんですか」女中は目を円くして首を竦めた。
 浅田が食堂へゆくと、次の間で子供に衣物を着せていた妻の折江が、青白い不機嫌な顔をした子供を先に立てて入ってきた。
「おや、この児は起きてもいいのかい」
「真実はもう一日寝かしておくといいのですけれども、どうしても起きるといって、きかないのです」
「お隣りの米本さんのお婆さんが殺されたっていうじゃァないか」
「ええ、何ですか騒ぎですわね」
「犯人は捕ったのか」
「どうですか少しも存じません。衣川さんは昨夜警察へいったきり、まだ帰って来ないようです」
「昨夜何時頃だったろう。家で寝たのは十一時だったが、俺は疲労れていたもんだから、ぐっすり睡って了って、何にも知らなかった。お前は夜中に二三度起きたようだったが、何にも気がつかなかったかね」
「別に何にも怪しい物音などは聞きませんでした。貴方も一度お起きになったようじゃァございませんか」折江はちらと主人の方を見た。
「そうそう、俺は一遍便所へいったっけな。あれは十二時少し前で、米本さんの家の二階に電灯が点いていて、誰かがマンドリンを弾いていたようだった。今、つねの話では、衣川さんが帰ってきて、お…

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