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仙台の夏
せんだいのなつ |
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作品ID | 56566 |
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著者 | 石川 善助 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「日本随筆紀行第四巻 岩手|宮城|福島 川面燦めき岸辺萌ゆ」 作品社 1987(昭和62)年12月10日第1刷 |
入力者 | 浦山敦子 |
校正者 | noriko saito |
公開 / 更新 | 2022-06-27 / 2022-05-27 |
長さの目安 | 約 2 ページ(500字/頁で計算) |
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盆火紀元
玻璃器の和蘭魚が、湯のやうな水にあえいでゐた、蒸暑い室を出て政宗は新しい青葉の城楼に立ち、黄昏の市を眺めてゐた。光は次第に影つてしまひ、暗に町は沈んで行つた。兵は長い戦も終へ、静かな心のゆとりの中に、かすかな信仰の願ひさへ芽ぐんでゐた。広瀬川原は河鹿のなく、寂びまいぞ寂びまいぞと張る感情に、何時しか京洛外の、典雅な焚事の思ひ出が写つてゐた。「ああ」「府下一家一炬を出して施火せよ街衢に冥界の霊を迎火せよ送火せよ」
急ぎ役徒は、戸毎に汗をふきながら告知した。黒い樹蔭のはるか彼方此方に、やがて仏火の聖く炎ゆるをみた。老僧は七月の夜天に高く、盂蘭盆経を唱へ三世諸仏の御名を讃へた。
七夕祭
日時計は午后を指してゐる、西班牙国せびゐるびとそてろは物珍しげに、竹に金銀短冊をさげ、晴衣をさげ、折鶴をさげ、軒軒に挿し、さては花火をあげ、はるか、宙の乳街を祝ふ異風の祭の中にたたづんでゐた。あやめ色の空の下で、士も、町人も、婦童も着飾つて、七夕や、七夕やと、喚き町を流れて行つた。華やかな、[#挿絵]たる伊達模様の優雅さ、この美麗な豪奢はそてろに蕩魔の試みでないかとさへ思はれた。ふと、支倉六右衛門の面へ作笑ひを送つたが、乾いた喉の中では、幾度も、天帝聖瑪利亜 童女聖瑪利亜と叫んでゐた。
ささとなる竹の葉、色紙細工、紅白の長い吹流し、北から来る、かすかな季節風は、この都に、はや夕暮を告げてゐた。人形台には灯烙がともり多彩な幾つもの車楽や飾車は、群集にゆれながら近づいて来るのであつた。
古城は川瀬に何をなげく、今も蜩のなく森の市、昔の行事は次第に廃れて、わづかに旧家の中に名残をとどめるばかりだ、何時か、あれら風雅も午睡の夢や物語となるであらう。私の様な懶い零落末裔は、廃寺、無縁の石仏に、水打ち慰めたり、蝙蝠の飛ぶ、士族屋敷の土塀のかげに、団扇して、遠い空しい昔ばかりを語るきりだ。