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三両清兵衛と名馬朝月
さんりょうせいべえとめいばあさづき
作品ID56574
著者安藤 盛
文字遣い新字新仮名
底本 「少年倶楽部名作選 3 少年詩・童謡ほか」 講談社
1966(昭和41)年12月17日
初出「少年倶楽部」講談社、1931(昭和6)年6月号
入力者sogo
校正者noriko saito
公開 / 更新2021-06-21 / 2022-06-28
長さの目安約 17 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

三両のやせ馬

「馬がほしい、馬がほしい、武士が戦場で、功名するのはただ馬だ。馬ひとつにある。ああ馬がほしい」
 川音清兵衛はねごとのように、馬がほしいといいつづけたが、身分は低く、年は若く、それに父の残した借金のために、ひどく貧乏だったので、馬を買うことは、思いもおよばなかった。清兵衛は、毛利輝元の重臣宍戸備前守の家来である。
 かれはなぜそんなに馬をほしがったか。それというのは、豊臣秀吉がここ二、三年のうちに、朝鮮征伐を実行するらしかったので、もしそうなると、清兵衛もむろん毛利輝元について出陣せねばならぬ。そのとき、テクテク徒歩で戦場をかけめぐることは、武士たるものの名誉にかかわる、まことに不面目な話だからである。そこで、ひどい工面をして、やっと三両の金をこしらえた清兵衛は、いそいそと、領内の牧場へ馬を買いに出かけた。二、三日たって、かれがひいてかえったのは、まるで、生まれてから一度も物を食ったことがないのかと思うような、ひどいやせ馬だった。
 清兵衛は、うれしくてたまらない様子で、これに朝月という名をつけ、もとより、うまやなどなかったので、かたむいた家の玄関に、屋根をさしかけて、そこをこの朝月の小屋にした。友人たちは、骨と皮ばかりの馬を、清兵衛が買ってきたのでおどろいた。
「これは、朝月でなくて、やせ月だ」
 そして、
「清兵衛、この名馬はどこで手に入れた」と、からかい半分にきいたりしようものなら、
「ほう、おぬしにもこれが名馬だとわかるか」
 清兵衛は得意になって、朝月を見つけた話をきかせたうえ、
「これが三両で手にはいったのだ、たった三両だよ」とつけくわえる。
 その様子があまりまじめなので、あきれかえった友だちは、しまいには、ひやかすのをやめたが、いつしか三両でやせ馬を買ったというところから「三両清兵衛」のあだなをつけられてしまった。
 清兵衛は、そんなことにはすこしもかまわず、自分は食うものも、食わないようにして、馬にだけ大豆や、大麦などのごちそうを食わせた。朝月は主人清兵衛の心がよくわかったとみえ、そのいうことをききわけた。そして、しだいに肥え太ってきた。このことが、宍戸備前守の耳に入ると、
「清兵衛のような貧乏な者が、馬をもとめたとは、あっぱれな心がけ、武士はそうありたいものだ」
 と、さっそくおほめのことばとともに、金五十両をあたえられた。
 清兵衛は、この金を頂戴すると、第一に新しいうまやを建てた。そして、自分のすむ家は、屋根がやぶれて雨もりがするので、新築のうまやのすみに、三畳敷きばかりの部屋を作らせて、
「朝月、今日から貴様のところへやっかいになるぞ、よろしくたのむて」
 と、ふとんも机も、鎧びつまでもここへもちこんできて、馬糞の臭いのプンプンする中に、平気で毎日毎日寝起きしていた。
「三両清兵衛は、馬のいそうろうになったぞ」
 友…

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