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愛の詩集
あいのししゅう
作品ID56576
副題02 愛の詩集のはじめに
02 あいのししゅうのはじめに
著者北原 白秋
文字遣い新字旧仮名
底本 「抒情小曲集・愛の詩集」 講談社文芸文庫、講談社
1995(平成7)年11月10日
入力者田村和義
校正者岡村和彦
公開 / 更新2014-05-30 / 2014-09-16
長さの目安約 15 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 室生君。
 涙を流して私は今君の双手を捉へる。さうして強く強くうち振る。君は正しい。君の此詩集は立派なものだ。人間の魂で書かれた人間の詩だ。さうしてここに書かれた君の言葉は尽く人間の滋養だ。君の甦りは勇ましい。さうして純一だ。魂は無垢だ、透明だ。おお、君は安心して君自身を世に示したがよい。さうして更に世の賞讃と愛慕とを受けたがよい。おお、上天の祝福よ、永久に我友の上にあれ。

 愛の詩集一巻。之は何といふ優しさだ、素直さだ、気高さ、清らかさだ。さうして何といふ悲しさ、愛らしさ、いぢらしさだ。おお、ここにはあらゆる人間の愛がある。寂しい愛、孤独の愛、真実の愛、幸福な安らかな愛、正しい愛、虐たげられ、呵責まれた愛、憐憫の愛、神のやうな愛、健やかな恵深い愛、忍従の愛、寛大な、而して叡智の潜んだ愛、自然の愛、新鮮なみづみづしい愛、善良で正直な愛、素朴な野生の愛、深大な愛、一人の、而して万人の愛、おお、さうして一切の愛、これらが皆この中にある。さうして凡てが神の魂を有つた人間の安らかな良き心から流れ出てゐる。
 何等の無理もない、その言葉は何等の飾りもなく、しぜんと魂の底から、一人の人間の静かな息づかひその儘に溢れ出てゐる。誰にもわかり易い言葉でわかり易く虔ましやかに語られてある。
 誰が読んでも、誰に読んできかせても、それは深い滋味のある言葉だ。誰しもが温められ、かき擁かれ、慰められ、力づけられる言葉だ。淫らな、何ひとつ不純な声が無い。これは水だ、いい茶だ、魂のパンだ。さうして日の光だ、雨の音だ、清しい草花のかをり、木の葉のそよぎ、しめやかな霙、雪の羽ばたきだ。おお、さうして貧しい者には夕の赤い灯火であり、富みたる人には黎明の冷たい微風となる。さうして生れてくる者には温かい母の頬ずりを、病めるものには花、寂しい者には女性を、さうして又死なんとする者には何ものにもまして美しい蒼空の微笑を、おお之等は示す。
 何といふ力づよさだ。又、何といふ初初しさだ。室生君。君はいい心境に落ちついた。君の之等の詩は淑やかに読んでもいい、声あげて読んでもいい。庭園の朝、木蔭で一人で読んでもいい。晩餐の後、家族挙つて楽しく読みあつてもいい。全く誰が手に執つても、どの頁を開いても愛撫される。
 これは水だ、いい茶だ、魂のパンだ、人間の滋養だ。
          *
 室生君。
 万法は流転する。希臘の古哲 Herakleitos の此の言葉は詢に真理である。現世は無常であるが、それが故に私達も茲に新たに転生して、改めて神の栄光に浴する事を得た。この私達を生み出した大自然の力と愛とを思ふ時私達の頭は下る。永劫を一瞬に縮めて光るこの生命、この人間の魂は愛なしには片時も生きられぬ。詩人は上天の恵みにより、殊に選ばれたる人間の中の最も高貴なる人間である。私達は身にあまるこの恩寵を等閑にしてはな…

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