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梯梧の花
でいごのはな |
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作品ID | 56665 |
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著者 | 山之口 貘 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「花の名随筆5 五月の花」 作品社 1999(平成11)年4月10日 |
入力者 | 門田裕志 |
校正者 | noriko saito |
公開 / 更新 | 2014-09-14 / 2014-09-16 |
長さの目安 | 約 5 ページ(500字/頁で計算) |
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ぼくが、まだ、おっぱいをのんでいたころのある日のことである。母のおっぱいに吸いついたのであったが、すぐに、おっぱいを突っ放して、ぼくは泣き出してしまった。ぼくのことを離乳させるために、母がその乳首のところに唐辛をつけてあったからなのである。ぼくは、泣きながら、台所にあった小さな水桶を引き摺って来て、その水に手をぬらしては、母の乳首を懸命に洗ったことを記憶しているのである。だが、洗ってから、おっぱいをのんだかどうかは、さっぱり記憶にはないのだ。しかし、そのことは、おそらく、ぼくの人生の最初の大事件なのであったに違いなく、ぼくの記憶の一番古いものとして、いまでも時に思い出すことなのだ。そしてそのたびに、ぼくは仏桑華の花をおもい出さずにはいられないのであるが、それはあのころ泣きながらも、ぼくの眼に、仏桑華の花がちらついて見えていたことを覚えているからなのであろう。一本の仏桑華が、当時の家の庭(実は庭ではなかった。縁側の面しているわずかばかりの空地なのであった。)の片隅に、生えていたのだ。
仏桑華は、特に沖縄だけにあるのではなかろうが、沖縄生れのぼくなどにとっては、忘れることの出来ない沖縄の花なのである。仏桑華は、沖縄ではアカバナと称されていて、その花の形よりは、その色からアカバナと名づけられたもののようで、原色的な赤い色の花だからであろう。本によると、仏桑華の原産地は印度だそうで、花の色は普通のが紅色とある。その他には、白や黄のもなるとのことであるが、ぼくの知っている限りの沖縄のアカバナでは、ついぞ白いのを見たことがなかった。だが黄色をおびたのや、桃色のアカバナのあったことは知っているのである。仏桑華はアオイ科に属する植物だそうで、小柄な灌木なのであるが、琉球ムクゲという別名のあることからしても、琉球の花、つまり、沖縄の花とおもっても一向に差しつかえはないこととおもうのだ。葉は卵形に近いもので、しかし、縁が鋸の歯のようにギザギザになっていて、葉の先が尖っているのである。花弁が五つで、ラッパ形にひらき、芯が長く飛び出ているのである。夏から秋へかけて咲くのだと言われているのだが、ぼくの記憶によると、沖縄では年中咲いていたような気がする。庭のある家ならどこの家でも、きっと仏桑華の花が咲いていたし、庭のない家でも、井戸端に咲いていたり、垣根のところに咲いていたりしていて、沖縄では日常の生活のなかに生えているようなものであって、仏壇や、墓まいりにも、なくてはならない花なのであった。
ぼくの家には、仏桑華がつきものみたいになっていて、例の唐辛事件のあった上之倉の家から、西本町の家に引越して来たときにも、狭い庭にアカバナの咲いていたことを覚えているし、泉崎の家に移ってからは、どうやら庭らしい庭も出来て、更に三種類のアカバナが咲いていたことを覚えているのである。それが、赤い…